日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。3月27日の放送は「新・上京物語2022 後編 ~旅立ちの時~」。
あらすじ
初就職する若者の姿を見つめる、毎年春の人気シリーズ「新・上京物語」の2021年度版。21年4月、浅草に本店のある洋食店「レストラン大宮」に3人の新人が入る。栃木県の高校の調理科を卒業した千春と楽壱(らいち)、そして彼らより1つ年上で、茨城県出身で、調理師専門学校を卒業したあかりだ。
楽壱、あかりは厨房配属となったが、千春の配属はホール。数カ月おきに持ち場は変わるローテーションだと言われていたものの、調理の経験を積んでいく2人を横目にホールのままの千春は焦燥感を募らせる。
21年11月、ようやく千春は念願の厨房配属となったが、新丸ビル店を仕切る9年目の26歳の七久保から叱られる日々が続き自信をなくしていく。レストラン大宮の大宮勝雄シェフは「ヒール役がいないと若い子は伸びない」と七久保の立場を理解しつつ、一方で「難しいですよね、新人を育てるというのは」とも話す。
そんな七久保自身も、新人の頃はお客さんの前で直立不動状態になってしまい、叱られながら育ってきたという。
七久保はレストラン大宮入社時の履歴書で、将来は食の外交官、つまり公邸料理人(海外にある大使、総領事館で働く料理人)になりたいと夢を書いており、今も夢のため、昼休みは店の片隅で英会話レッスンもしている。レストラン大宮は公邸料理人を過去に15人輩出しており、大宮シェフはその公邸料理人のOBを店に呼び、七久保と交流の機会を設ける。
公邸料理人は赴任先の海外で、大使への日々の食事の提供にとどまらず、限られた予算でパーティーを取り仕切ることも要求される。日本食を出すと喜ばれるように思われるが、外国には寿司が苦手な人もいるのだ。
そうしたゲストの嗜好について大使秘書に確認したり、さらにベジタリアンに対応したメニューを用意したりもする。ほかにも、パーティーの規模によっては、ウエイターを予算内で雇ったりなど、レストラン大宮で働いていたころとは異なるさまざまな動きが求められる。新丸ビル店では堂々たる責任者の七久保も、OBの話を聞いている時は新たな世界を前に緊張した面持ちだった。
大宮シェフは、七久保に公邸料理人の推薦状を用意し、実際の面談では七久保が調理した料理を雇い主となる総領事に提供した。結果は無事合格。赴任先の国はセキュリティ上の都合とのことで番組内では明かされなかった。
一方、自信をなくしていた千春は、当初は不本意であったホール業務のほうが自分には合っているかもしれないと大宮シェフに打ち明け、番組の最後ではホールのプロを目指してワインを勉強する様子も伝えられていた。
番組内では千春や楽壱が厨房内で七久保に叱られるシーンがあった。七久保はイライラした様子で、千春や楽壱にしてみたら叱るにしてももうちょっと穏便になってほしいところだろう。七久保が叱っていたポイントは、サラダの盛り付けを丁寧に、葉野菜のサラダはドレッシングとあえすぎない(葉がへタってしまう)、味見の時以外はマスクをするといったもので、理にかなったものに見えた。
新人は右も左もわからないために、指導なしでは成長しないだろう。ただ、先輩は新人のためというより、客のために叱り方を工夫してほしいとは思う。
私はラーメン店で、店長とほかの店員が新人店員の悪口で大いに盛り上がっている向かいのカウンターでラーメンを食べたことがある。ろくに味もしなかった。今なら食べログに文句を書いていただろう。
番組内では「厨房内」で2人は叱られており、客前ではなかった。しかし、たいていの飲食店は客席と厨房の距離が近い。さらに、1人で食べに行った場合は話し相手もいないため、厨房内の叱り声は客席にいても案外聞こえてくる。あれも気まずいものだ。
客の前で従業員を叱りつけたり、悪口で盛り上がったりする店は論外だが、だからといって「冷静に諭せばいいのか」となるとまたそれはそれで違っていたりする。
スターバックスでコーヒーを飲んでいたとき、新米と思しき店員が何か至らないところが多かったのか、物陰でマネジャーと思しき人に諭されていたのを見たことがある。多くの客からは見えない位置をマネージャーは選んだと思われるが、私がいた隅の席からは丸見えだった。
そのマネージャーの叱り方は感情に任せたものでも、バカにしたような感じでもなく、愛情をもって論理的に至らないところを諭す「望ましい叱り方」ではあった。諭されていた側も、生意気な態度をとるでもなく、ただただ恐縮していた。
このときも居たたまれなかった。先ほどのラーメン店よりも「誰も悪くない」感が強く、だからこそ、より居たたまれなかった。漫画『孤独のグルメ』(原作・久住昌之/作画・谷口ジロー、扶桑社)には「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず 自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ 独りで静かで豊かで……」という名台詞があるが、モノを食べたり飲んだりする時間は、心もほっと救われていたい。人が叱られている横で食べる飯はうまいまずい以前に、喉も胃も悲しくてきゅっと縮んでしまう。
さて、今回で「ヒール役」の七久保は退職となった。この状況ならば、案外千春は厨房で働けるのではないか、とも思う。
11月に待望の厨房に配属された千春は、12月で早くも気持ちが折れ、ホールのほうが良かった、と大宮シェフに話していた。しかし、始めて1カ月の業務は「できなくて当たり前」だと思う。そこで「料理全般に向いてない」とまで結論付けるのは早計だろう。
当初は不本意ながら配属されたホール業務に、千春が自分でも思いがけず活路を見いだせたのなら何よりなことだが、それにしても、まだ見切りをつけるには早いと思った。本当に「厨房の仕事自体が向いてない」のか、はたまた「できなくて当たり前の時期に、先輩の指導を受けて自信を喪失しているだけ」なのか。
千春は自分のガサツさを気にして、厨房に向いていないのではと思っていたようだが、ガサツな人は「せっかち」も併発しがちだ。先はまだまだ長いので、そう焦らず、もっと自分の成長や可能性をゆっくり信じていいのではないだろうか。
1年後、またレストラン大宮の新人の様子が伝えられるかもしれないが、そのとき千春はどんな立ち位置になっているのだろう。
次週は「火事と夫婦と生きがいと ~高円寺『薔薇亭』の1年~」、地元で50年愛された洋食屋「薔薇亭」は火事で焼失してしまう。生きがいを失った高齢夫婦のその後とは。