“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
2022年度、首都圏の中学受験者数は約5万1,100人。受験率は17.3%と過去最高を記録した(首都圏模試センター調べ)。このように中学受験業界はコロナ禍をもろともせず大盛況なのだが、近年の傾向の一つとして「入塾年齢が早まっていること」が挙げられている。
一般的には、中学受験は新4年生(小学3年生の2月)のタイミングで入塾し、3年間の受験生活を過ごす子が多い。しかし、受験熱が高い地域では小学校入学のタイミング、あるいはその前から「塾の座席」を確保するために入塾するケースも珍しくはなくなっているのが現状だ。
春奈さん(仮名)は実家が地方にあり、大学進学で上京。そのまま某IT企業に就職し、社内結婚の翌年、待望の第1子が誕生し、その後、教育環境を重視して、都内有数の文教地区にマンションを購入した。今は専業主婦生活に区切りをつけ正社員として頑張りながら、長男である雄飛君(仮名・小学6年生)の子育てにも奮闘している毎日だ。
「ご存じの通り、この地域は中学受験熱が高く、雄飛の小学校の8割以上は中学受験組だと思われます。ママ友同士の会話でも、当然のことのように中学受験の話は頻繁に出ます」
春奈さんが引っ越して来て、一番ショッキングだったという話はこれだ。
「ここに越してきたのは、まだ雄飛が赤ちゃんの頃なんですが、公園で出会ったママに『お宅は中学受験するの?』と聞かれたんです。当時の私は、“中学受験”という単語を知ってはいたものの、まさか、赤ちゃんのママ同士で中学受験の話題が出るとは、夢にも思っていませんでした」
公園では「プレスクールはどこがいい?」というような、赤ちゃんの早期教育の話に始まり、ママたちはさまざまな教育談義に花を咲かせていたそうだ。
「もちろん、(小学校の)お受験を目指す人もたくさんいる地域なのですが、ウチは小学校くらいは公立でと思っていたので、お受験組のママたちとは自然と離れていったんです。でも、仲良しグループのママたちが、お子さんの小学校入学のタイミングで中学受験塾を検討しているということがわかり、正直、焦りました」
塾にも「キャパ」の問題があるため、座席数には限りがある。拠点校と称されるような人気の教室であると、小学4年生からの入塾では、すでに定員オーバーとなっているケースが多いために、座席確保の意味で、年々、入塾が早まっている傾向が見られるのだ。
「ウチも、漠然と中学受験はさせようとは思ってはいましたが、まさか小1から入塾とは、考えてもいませんでした。でも、当時は乗り遅れてはいけないって思いしかなかったです」
こうして小1から中学受験塾デビューを果たした雄飛君。4年生までは、成績上位のクラスをキープし、「毎日行きたい!」というほど、塾を気に入っていたそうだ。
「低学年は、学校の先取りと言えるほどの内容ではないですし、雄飛も楽しい習い事の一つのように捉えていたと思います。その頃は上位クラスだったのもあって、このまま続けられそうだなって思っていたんですよ。でも、新5年生になったあたりから、クラスが少しずつ下がっていって……」
これは「中学受験あるある」で、多くの受験生が陥りがちなケースだ。4年生までは基本的な内容を学習するので、問題を解く際、テキストの内容を何度も繰り返し覚えるという“技”が通用するのだが、5年生からは発展的内容に移るので、4年生までの基礎固め学習の上に「これはなぜ、そう解くのか?」などといった問題への理解や納得が必要になってくる。それゆえ「急に難しくなった」と感じる子は少なくないだろう。しかも、大抵の塾は授業の進みが早く、やるべき課題は大量なため、“ついていけなくなる”子が続出するのだ
「自分だけが、ズルズルとクラス落ちをしていく現状に、雄飛はすっかりやる気を失い、ついに5年生の秋あたりから『もう受験はしない!』って言うようになって……先日、ついに退塾してしまったんです」
どの段階の受験でもそうであるが、長期に塾に通ったからといって、成績が伸びていくものではないところが、難しい問題だ。
「夫は『やる気がない奴に払う金はない! 受験をやめろ!』の一言。でも、私はあきらめがつかなくて、今まで5年間も頑張ってきたのに、本当にこの選択でいいのかな? って悩んでいるんです」
春奈さん一家の選択肢としては、「地元公立中に行き高校受験」「転塾(家庭教師含む)して中学受験を目指す」「塾なし受験を目指す」という3通りが考えられるが、現在は雄飛君の「中学受験はしない」という意思に変わりはないのだそうだ。
「正直、塾は学童の代わりと言うか、私が仕事で遅くなる時でも安心して預けられる場だったってのもありました。それに何と言うか、中学受験をしていい学校に入った方が、人生のアドバンテージが高くなるっていう思いもあって、私も必死に働いて、塾代を稼いでいたんですけど……。このまま勉強もせずに受験して、入れる学校に行くというのも、違う気がして、もう、どうすればいいのか、わからなくなりました」
子育てとは一筋縄ではいかないもので、親が良かれと思っても、必ずしも子どもがその通り進むものでもない。「馬を水辺に連れて行けても、水を飲ますことはできない」というイギリスのことわざがあるが、雄飛君のケースもそうかもしれない。
ただ、思うのは、伸びるタイミングは、子ども一人ひとりで違って当然ということ。親が迷った時は、我が子の意思を尊重した方が、長い目で見ると満足度の高い子育てになるような気がする。今後も入塾年齢が早まる傾向は進むようだが、このことは、ぜひ心に留めておいてほしい。