――ディズニーランド開園40周年を来年に控える東京ディズニーリゾートは、現在“大改革”の真っ最中。テーマパークの専門家である明治大学兼任講師・中島恵さんに、その見どころを紹介してもらった前編に続き、後編では、TDRの弱点になりかねない最近の“変化”を指摘してもらった。
新エリアオープンといった華やかな東京ディズニーリゾート(TDR)大改革の裏側では、ゲストにとって一概には“歓迎できない”大改革も進行中の様子。TDRにおける“光と影”の“影”の部分をウォッチしていきたい。
「ソアリン」「美女と野獣」で有料ファストパス、「夢の国」なのに夢がない!?
2009年に、オリエンタルランド(OLC)社長(当時)・上西京一郎氏は、マーケティング専門紙「日経MJ」(09年4月27日付)の取材に、「規模を拡大しても入場者数が1.5〜2倍になることはない。一方で修繕費用と固定資産が増える」という意味のことを話していたことがある。これはつまり、入場者を増やすためにTDRの規模を拡大しても、投資額ほどの収益を上げられないということだ。では今回のTDR大改革の投資をどうやって回収するつもりなのかといえば、OLCは、入場者数増加よりも一人あたりの客単価を上げる戦略を発表している。
その一環なのか、昨年、10月25日~29日を対象に「ハロウィーンモーニング・パスポート」という「開園2時間前からTDRに入場できる」アーリーエントリー等の特典をつけたパスポートを、1枚1万3,000円(税込み、以下同)で販売。
そして、今月19日からは、入場までに2時間近くかかることも珍しくない人気アトラクション「ソアリン:ファンタスティック・フライト」(東京ディズニーシー/TDS)と「美女と野獣“魔法のものがたり”」(東京ディズニーランド/TDL)で使用できる、有料ファストパス「ディズニー・プレミアアクセス」を1人1回の乗車につき2,000円で導入した。アトラクションの待ち時間を短くできる特別パスポートや有料ファストパスは、今後さらに拡充する流れなのだろう。
USJでは、すでに有料ファストパス(ユニバーサル・エクスプレス・パス/Eパス)を大々的に導入し、休日は見事に完売している。Eパスには現在、4種類あり、例えば人気の7アトラクションを網羅した「ユニバーサル・エクスプレス・パス 7」は、日によって値段が変わるが、5月の土曜日だと大人/子ども/シニア共通で1枚1万7,800円。混雑期には、2万円を超える日もあるというから驚きだ。入場料(5月の土曜日だと、12歳以上の「大人」は1枚8,900円)とは別にEパスを買うとなると、あまりにも“バカ高い”金額となり、ゲストにとってはかなりの出費といえるだろう。
TDRもUSJのように有料ファストパスを拡充していくと予想できる中、もしそうなった場合、ゲストの経済格差が浮き彫りになってしまう。裕福なゲストは、躊躇なくファストパスを購入、待ち時間を短縮し、たくさんのアトラクションに乗ることができる一方、庶民のゲストはファストパスに容易には手が出せず、結果、長い待ち時間を強いられるなんてことになる。ファストパスの過度な高額化は、ゲストの心がTDRから離れてしまうきっかけになり得るし、もっと言うと、「夢の国」なのに夢がなくなってしまうのだ。そもそも有料ファストパスは「時間短縮」を売るサービスなので、なんともアメリカ型資本主義らしい。資本主義とは、金持ちばかり得をする世界なのである。
思えばTDRでは、待ち時間の改善策として、一部のショーや人気アトラクションを対象にした「アプリによる抽選制」が広まっている。当選した人は、指定された時間に該当の施設に足を運べば、短い待ち時間でショーやアトラクションを楽しめるようになった。確かに便利ではあるのだが、アプリを使いこなせない層には、優しくないシステム。TDRはすでに情報強者がより得をする流れにあり、これが有料ファストパスの拡充によって、「裕福な情報強者」向けのテーマパークとなるのなら、やっぱり夢がないように思う。
とはいえ、ゲストにとって待ち時間こそがTDRのネックとなっているのは間違いないだろう。そこで私が期待したいのは、おひとり様向けの「シングルライダー」が発展することだ。シングルライダーとは、偶数人数向けにできているアトラクションに、3人や5人など、奇数グループのゲストが乗る際、1人分の「空き」ができてしまうが、そこに1人客が優先的に乗れるという制度。
TDRにも以前からある制度だが、アメリカのディズニーランドやUSJのほうが、このシングルライダーは文化として定着している印象だ。アメリカでは、家族や友人などグループで来園していても、待ち時間短縮のため、あえてシングルライダーを選ぶ人がいっぱいいる。またUSJでは、エントランスに通常の待ち時間とは別に、シングルライダーの待ち時間を表示しているのだ。TDRでも、シングルライダーがもっと盛んになったらいいのにと思わずにはいられない。
良くも悪くも“大改革”が進むTDRだが、その裏では「労働問題」の火種がくすぶっており、裁判も起きている。原告は、TDLで着ぐるみを着用してショーに出ていた出演者の女性で、18年にOLCを相手に「パワーハラスメント」と「安全配慮義務違反」を訴えた。
具体的には、ゲストに無理やり手の指を折り曲げられて負傷し、被害届提出と労災申請を求めると、上司から「君は心が弱い」という発言を受けたほか、職場ではスタッフ間で「死んじまえ」「ババアはいらない」といった暴言も飛び交っていたそうだ。
今年3月29日には、千葉地裁(内野俊夫裁判長)がOLCに対し、88万円の支払いを命じる判決を言い渡し、OLC側が敗訴に。原告の女性が、判決後の記者会見で「今もディズニーというコンテンツを愛しています」と述べたのが印象的だったが、一方でOLCは判決を不服とし控訴している。
TDRの話題といえば、ポジティブなものばかりだったのも今は昔。今回の裁判もそうだが、今年1月発売の『ディズニーキャストざわざわ日記――“夢の国”にも☓☓☓☓ご指示のとおり掃除します』(笠原一郎著、フォレスト出版)という本がヒットしたのも見逃せない。
本書は、元カストーディアル・キャスト(清掃担当者)が、8年間の勤務で経験したさまざまな“苦労”を明かした1冊。これまでのディズニー本といえば「ディズニー礼賛」一色で、とにかくその素晴らしさを褒めちぎるものばかりだったが、17年に筆者が『ディズニーの労働問題―「夢と魔法の王国」の光と影―』(三恵社)を上梓し、そして今年についに、「元キャスト」がTDRのネガティブな情報を発信し、それが話題になるという新しい流れが起きている。
テーマパークはなんといっても人気商売。TDRは今“大改革”で大忙しだろうが、内部からの“告発”によるイメージ低下にだけは気をつけてほしいものだ。