「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます!
――今回からは、5月に発売された話題の書『秋篠宮』(小学館)を、堀江さんと分析していきたいと思います。著者は秋篠宮さまと長年親交を持っているジャーナリストの江森敬治さん。本作は、眞子さまの結婚問題などで揺れた時期の秋篠宮さまに、江森さんが5年密着、37回もの取材を経て書かれたそうです。
堀江宏樹氏(以下、堀江) そのわりには情報が薄いのが気になりました。この本の最大のセールスポイントは、日本中を巻き込んでしまった眞子さまと小室さんの結婚問題を、秋篠宮さまがいかに捉え、行動したのかを、宮さまご自身の言葉で明らかにするという点だったはず。小学館の公式サイトにも「人間・秋篠宮の心奥に迫る唯一無二のインタビュー録」「平成から令和の代替わりに臨み、長女の結婚問題に揺れた」といった言葉があります。
天皇陛下に近い弟宮が、こうしたメッセージを発するのはきわめて異例で、いわば宮さまの“禁断の肉声”が聞ける……と、読者は期待したのでしょう。
しかしふたを開けると、眞子さんの結婚問題については週刊誌やネットに漏れていた情報と、ほとんど変わりない内容でしかなかった。Amazonなどのレビューが荒れ狂っていますが、その理由は、このあたりにあると思われます。
――天皇陛下が『秋篠宮』に不快感を示された、という報道がニュースサイト「デイリー新潮」に出ましたが。
堀江 「デイリー新潮」の記事によると、国民に公正・公平たるべき皇族……それも、秋篠宮さまはいまや皇位継承権第一位の重い立場なのに、江森さんという一人のジャーナリストを優遇した部分を、陛下は問題視なさったとされています。
――マスコミに批判的な姿勢をとっていながら、マスコミの手を借りたことも問題視されているようです。
堀江 それについては、秋篠宮さまはご自分のお考えを、一人のジャーナリストを通して世間に公表することで、すこしでも客観性を獲得できるのではないか……と狙っていたのかな、とも思いますよ。そういうことより私が気になったのは、宮さまの堂々たる曖昧さですね。
――堂々なのに、曖昧なんですか? 矛盾しているような。
堀江 本書を一読すれば、納得していただけると思います。眞子さまと小室さんの結婚問題に対し、日本中で巻きおこったネガティブな反応に対し、どう思うか尋ねられても、秋篠宮さまは謎めいた態度を取りつづけ、江森さんもそれに翻弄されてしまっているんですね。
堀江 しかも、江森さんはそうした宮さまの言動に自分の感想・分析をはさむことなく、こうして公表してしまっているのです。とにかく淡々と描写されているだけのように読めるので、一般読者としては、「そんなことしか聞けないの?」とか「あなたはジャーナリストなのに、しかも国民の声を伝えられる貴重な立場にいながら、議論すらできなかったのか」などと不満を募らせ、結果的に裏切られたような思いに囚われてしまうのでしょう。
でもそれは、江森さんも実は同じ。あえて言葉にされていない部分に、大きな意味が含まれている点で、本作はノンフィクションというより随筆というべきなのかもしれません。
――言葉を使わない上級なやりとりへの理解が求められているのですね。これは理解のポイントかもしれません。
堀江 情報量が少ないのは、オフレコ指定の部分も多かったのでしょう。しかし、先ほどもお話したように、秋篠宮さまが、不機嫌な沈黙と素直な笑顔を巧みに使い分け、江森さんをコントロールしていることがわかります。出し抜かれた江森さんによる「恐るべし秋篠宮」なんて表現さえ出てきますからね(38ページ)。
――江森さんと秋篠宮さまは、取材者と取材対象という垣根を超えた、個人的な付き合いを31年以上にわたって続けておられるのだそうですが、それなのにコントロールされてしまった?
堀江 そうなんです。宮さまが“お友達記者”に自分を弁護させようとしたのでは、という批判もありましたが、まったく違います。秋篠宮さまを全面的に援護する書物ではありえないですね。江森さんご自身が、そういう秋篠宮さまに翻弄された一人の国民というメッセージを文章の端々から発しているんです。遠回しながら、宮さまに対する批判ということにもなりますね。驚くべきことですが。
しかし、私は装丁のほうにびっくりしてしまいましたね。
――白い無地のカバーに、黒いシンプルな字体で「秋篠宮」などとあるだけですよね。皇室本の定番は、カラフルな表紙で、御本人のお写真が掲載されるのが定番なのに。
堀江 江森さんの旧著『秋篠宮さま』(毎日新聞社)も、大きなトカゲにまたがる宮さまのお姿が表紙でしたよね。それにくらべると『秋篠宮』の装丁は、あまりに素っ気なさすぎるんじゃないか……と思っていたのですが、ある時、すごいことに気づいて「あっ」と声を上げてしまいました。
カバーを取ると、独特のオレンジ色が覗いているんですよ。あのオレンジ色こそ、皇嗣もしくは皇太子しか纏うことができない、黄丹袍(おうにのほう)の「禁色(きんじき)」なんです。その文脈で考えていくと、白は袴(=ズボン)の色ですね。黒は靴や冠の色です。
国民の反対に気づいていながらも、自分の意思を貫いたり、長年親交のある記者に対しても曖昧な態度を取る。そういうところも含めて「これが秋篠宮のすべてだ」「これが秋篠宮という人だ」って装丁からして言い切っちゃってるのが『秋篠宮』なのです。読者がどの程度、そういう「ウラ」に気づいているかはわかりませんが……。
――ちょっと背筋がヒヤッとしましたよ、無言のメッセージに。そして第一章のタイトルが「混迷」。あの騒動を感じさせますね……。
堀江 この章の内容は、眞子さまと小室さんの結婚問題についてです。『秋篠宮』という本の中で、世間のみなさんが一番知りたいと思っていたことが、いろいろ述べられている「はず」なのでした。しかし例によって、明確な言葉では我々の知りたかった情報に触れることはできません。いろんな意味で「混迷」ですね。
――内容を追っていくと、いきなりネガティブなことが書いてあります。
堀江 2017年5月に眞子さまの婚約内定がNHKニュースで「特ダネ」として報道されました。以来、「当初、国民も祝意を持って受け止めた」ものの、小室さんの身辺情報が次々に暴かれていく中、「懐疑的な視線が目立つようになってきた」と江森さんがまとめています。
江森さんもかつては「毎日新聞」の皇室担当記者でしたから、過去の「皇太子と雅子妃、秋篠宮と紀子妃の結婚は切れ目なく盛り上がり続けた」という印象を持っているので、今回の報道は異常だとすぐに感じたそうです。
――江森さんは、小室さんという人物やそのご家族に、皇女との結婚相手にはふさわしくない何かを見出されたということですか?
堀江 そうですね。さすがにそこまでハッキリ書かれてはいませんが、江森さんが小室さんが理想的な人物だとはいえないと思っていたのは明らかです。
「2017年6月、婚約内定報道後初めて、私は秋篠宮と会うことになった」と取材がはじまったことが書かれているのですが、江森さんはこの日、意識して約束の時間よりもだいぶ早くに宮邸を訪れたようです。
――それはなぜなんでしょうか?
堀江 「秋篠宮が眞子内親王の相手男性(=小室さん)に対して不満を抱いているかもしれないと思ったからだ」とありますね。私の推測ですが、不機嫌なときの宮さまとのやりとりは、相当大変なんでしょうね。だから、事前に取材現場に早く乗り込んで、宮邸の空気を確かめたかったのでしょう。この日の江森さんは、部屋に置かれている剥製の鳥に睨まれているような気になるほど、ナーバスでした(笑)。
――江森さんが、宮さまを恐れているのでしょうか?
堀江 そうなんです。この本のキャッチコピーに「皇族である前に一人の人間」とありますが、やはり皇族である秋篠宮さまに対し、一般人は至近距離で接すると、緊張を覚えてしまうものなのでしょう。それに加えて、不機嫌なときの宮さまが端的に怖い方なのではないか、と私には思われました。
しかし、驚いたことに、この日の宮さまは予想に反して、上機嫌で「にこやかだった」。江森さんの想像は裏切られました。眞子さまと小室さんとの「婚約内定を(秋篠宮さまが)喜んでいる」と感じたのでした。
――次回につづきます!