2020年、『愛の不時着』とともに、「第4次韓流ブーム」の火付け役となったとされる韓国ドラマ『梨泰院クラス』がこのたび、7月期のテレビ朝日系「木曜ドラマ」で『六本木クラス』としてリメークされる。
『梨泰院(イテウォン)クラス』は、前科者の青年パク・セロイ(パク・ソジュン)が、“宿敵”である国内最大外食企業「長家(チャンガ)」グループ会長チャン・デヒ(ユ・ジェミョン)に復讐を果たすため、仲間と共に飲食業界で成功を目指すという社会派ヒューマンドラマ。20年3月にNetflixでの独占配信がスタートするや、瞬く間に話題を呼び、配信から2年以上たった今も、日本国内の「今日の総合TOP10」にランクインするほどの根強い人気を見せている。
しかし、“本家”の人気が高いゆえに、『六本木クラス』に対して不安を口にする人は少なくない。SNSでは特に、韓国の歴史や社会背景、文化を無視して日本版にリメークしたところで、「つまらない作品になるのでは」といった声が目立っている状況だ。
そこで今回、『梨泰院クラス』の日本版リメークについて、『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』(大月書店)の著書を持つライター/コラムニスト・渥美志保さんに、その懸念点をお聞きした。
『梨泰院クラス』日本版リメークは「やめとけばいいのにな」と思う理由
――『梨泰院クラス』が日本でリメークされると聞いた時、率直にどう思いましたか?
渥美志保さん(以下、渥美) 「やめとけばいいのにな」と思いました。これまで韓国ドラマの日本版リメーク作で、オリジナルを超えるもの、オリジナルと同等に面白いものって、なかったのではないでしょうか。
そもそも韓国ドラマと日本ドラマは、あまりにも条件が違います。その最大のポイントは、1話の尺と話数。『梨泰院クラス』をはじめ、韓国で「ミニシリーズ」と言われる連続ドラマは、1話がだいたい1時間10分前後で全16話、合計18時間半くらい。一方で日本ドラマは、CMを除くと1話45分程度で全10話、合計7時間半。つまり韓国ドラマを日本でリメークしようとすると、時間が半分以下になるんです。そうすると、オリジナルのエピソードをいくつか省かざるを得ず、また話を転がすためにドタバタな展開になるなど、結果的に、物語自体が“シャビシャビ”に薄まるということが起こる。これでは、視聴者がドラマに没入する余裕もなくなってしまいます。
――『六本木クラス』は、日本の一般的なドラマシリーズより話数の多い「全13話」になると発表されました。
渥美 制作側にも、全10話では足りないという感覚はあるんでしょうね。ただ13話だとしても、合計10時間弱ですから、短いなぁと思います。やっぱり「やめとけばいいのにな」が本音ですね(笑)。
――韓国と日本では、その歴史、社会背景、文化が異なるだけに、ファンからは「『梨泰院クラス』の舞台を日本に置き換えて、果たして面白くなるのか」といった不安の声が上がっています。渥美さんはどんなところに懸念を抱いていますか?
渥美 一番気になったのは、『六本木クラス』のティザーが、“ヤンキーの成り上がり物語”みたいだった点。竹内涼真演じる居酒屋「二代目みやべ」店長・宮部新(パク・セロイ役にあたる)の「俺の復讐は20年がかりだ」というセリフがキャッチに使用され、その演出や言い方も含め、ヤンキードラマっぽかったんです。
また、長屋ホールディングス会長・長屋茂(香川照之/チャン・デヒ役にあたる)が、宮部に「土下座をして謝りなさい」と告げるシーンも使われていましたが、本編は、宮部がそんな長屋に復讐を果たし、逆に「土下座させられるか」を軸に描かれる“成り上がり物語”のようになるのでは……と思いました。
日本人って、ヤンキーを主人公にした成り上がりドラマが本当に大好きですよね。一方、最近の韓国ではそういったドラマがほとんどなくて、ヤンキーはあくまで悪役や脇役で登場するんです。ティザーの時点で、こうした日本と韓国のドラマ文化の違いを感じました。
――確かに、パク・セロイは前科者ですが、ヤンキーという印象はまったくありません。
渥美 パク・セロイも第3話で、チャン・デヒの長男チャン・グンウォン(アン・ボヒョン)に向かって「俺の計画は15年がかりだ」と言っているんですが、ヤンキーっぽい印象は受けなかった。そもそも『梨泰院クラス』には、パク・セロイを“不良”に見せない仕掛け――例えば、もともと警察官志望であることや、刑務所内で知り合ったやくざの親分を“頼ろうとしない”など――がありましたが、このあたりは果たして、日本版リメークでも描かれるのかな? と。
また、パク・セロイも、かつてチャン・デヒから土下座を強要された過去があり、第7話では逆に「あんたが唯一できるのは土下座して罪を償うこと。僕がそうさせます」と宣言しているものの、彼はそれ以上に「自由が欲しい」から、長家を超えたいと思っているんです。
――第8話で、パク・セロイが「僕が欲しいのは自由です。僕と仲間が誰にも脅かされないよう――自分の言葉や行動に力が欲しい。不当なことや権力者に振り回されたくない。自分が人生の主体であり、信念を貫き通せる人生。それが目標です」と話すシーンがありました。
渥美 パク・セロイは、自ら復讐を思い立ったわけではなく、初恋の相手であるオ・スア(クォン・ナラ)の発案でしたし、別に復讐にだけ固執しているわけではないんです。『梨泰院クラス』は、前科者であるパク・セロイをはじめとするはぐれ者たちが、古い韓国社会で自由を獲得する話なのですが、『六本木クラス』だと、ヤンキーが復讐を果たし、業界のトップを土下座させられるかという、日本人好みの話になりそうで……。あと、香川さんが出演しているのもあって、ヤンキードラマではないですが、『半沢直樹』(TBS系)の延長線上で作られてしまわないか、というのも懸念点ですね。
――ほかの登場人物にも、懸念点はありますか?
渥美 チャン・デヒ役にあたる長屋茂の過去が、どう描かれるかです。チャン・デヒは朝鮮戦争停戦後の激動の時代、4人きょうだいの長男として生まれ、末っ子が餓死、ほかのきょうだいも道端に落ちた腐った食べ物を口にして亡くなるという過酷な幼少期を過ごした。「家族を飢えさせない」という思いで、屋台から始めた店を一代で業界トップの企業に成長させた……という人物なんです。そういった背景があるからこそ、チャン・デヒの冷酷なまでにビジネスに徹する姿に説得力があるわけですが、長屋はそのあたりどう描かれるのか。
長屋が具体的に何歳かはわからないものの、ティザーを見る限り、香川さんの実年齢より上の世代ではなさそうですし、戦争を背景に、家族が餓死した過去を持つキャラクターを演じるのは無理がありますよね。貧乏だったという設定は通用するにせよ、それだけだと、ただの傲慢で嫌なだけのキャラクターになってしまうのではないでしょうか。
――長屋のキャラクターに説得力がないと、彼に立ち向かっていく宮部の存在感もぼんやりしてしまいそうです。
渥美 『梨泰院クラス』は、パク・セロイがチャン・デヒを倒すことにより、前世代の“呪縛”から解き放たれる物語でもあると思います。というのも、「土下座」はいわゆる“有害な男性性”の象徴といえますが、パク・セロイはその価値観の中でチャン・デヒと戦っていたものの、最終的に土下座なんて“どうでもよくなる”んです。
――日本でも昨今、“有害な男性性”が問題視されるようになりましたが、韓国では日本以上に、そこからの脱却が意識されているのかもしれません。
渥美 『六本木クラス』の物語が、土下座をめぐる前世代の男性性の戦いに回収されるのではないかという懸念はありますね。またそれと似たような点で言うと、パク・セロイの「女性経験がない」という設定はどうなるのかも気になります。妻だけでなく愛人にも子どもを産ませたチャン・デヒと対比するようなこの設定は、「女性経験の多さが男性の価値ではない」という今の時代の価値観を表しているように思うんです。
韓国では、女性経験がないことを「母胎ソロ」と言い、BIGBANG・SOLが18年、「母胎ソロのまま結婚」と話題になったり、『梨泰院クラス』と同時期にヒットした『愛の不時着』や『サイコだけど大丈夫』でも、主人公の男性が「母胎ソロ」という設定でした。こうした「女性経験の多さが男性の価値ではない」という価値観は、「#MeToo運動」の流れの中で出てきたものといえますが、日本ではまだこの価値観がそこまで根付いていないですし、『六本木クラス』では宮部の女性経験の有無について触れられないような気がします。
――韓国と日本の違いという観点を除いた場合にも、『六本木クラス』に懸念を感じる点はありますか?
渥美 『梨泰院クラス』の“精神”を大事にしていないのではないか、という点です。前科者であるパク・セロイをはじめ、彼の仲間たちは、ソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)のチョ・イソ(キム・ダミ)、元チンピラのチェ・スングォン(リュ・ギョンス)、トランスジェンダーのマ・ヒョニ(イ・ジュヨン)、ギニア出身のアフリカ系韓国人キム・トニー(クリス・ライアン)といった多様性に富み、かつ、世間から差別されている人たち。そんな彼らが、お互いの差別意識を超えて仲間になり、共に自由を獲得するのが、『梨泰院クラス』の“精神”だと思っています。
しかし、『六本木クラス』の公式サイトを見ると、チョ・イソ役にあたる麻宮葵(平手友梨奈)のプロフィールに、「ソシオパス」の設定が一切書かれておらず、「クールで自己中な性格」とされているんです。彼女が「ソシオパス」ではなく、ただの自己中女として描かれてしまっては、『梨泰院クラス』の精神を無視していることになる。葵にソシオパスの設定を与えないというのはつまり、『六本木クラス』自体が、ソシオパスを認めていないと言っているに等しいわけです。
――「ソシオパス」という設定が本編でも削られていた場合、『梨泰院クラス』ファンから疑問の声が噴出しそうです。
渥美 オリジナルの精神を大事に扱えば、たとえリメークでストーリーが変わったとしても、視聴者は「共通する世界の物語だ」とわかるはず。逆に、精神を大事にしていないと、どんなに似せたリメークでも「違う」と感じるのではないでしょうか。
――ここまで懸念点をお聞きしてきましたが、『六本木クラス』に期待するところはありますか?
渥美 全13話にしたのは、頑張った点だと思います。やはり韓国ドラマを1話45分、全10話では描き切れないということは、これまでの同様のリメーク作品から学習しているのでしょう。『六本木クラス』が、単に『梨泰院クラス』から「前科持ちの若者VS大手企業の会長」という構図とエピソードを借りただけの作品にならないことを祈ります。
【プロフィール】
渥美志保(あつみ・しほ)
映画ライター/コラムニスト。映画『シュリ』で韓国カルチャーにハマり、釜山国際映画祭に通うように。『冬のソナタ』に始まる韓国ドラマ歴は現在も更新中。現在は、「ELLEデジタル」にて「推しのイケメン,ハマる韓ドラ」を連載しているほか、著書に『大人もハマる! 韓国ドラマ 推しの50本』(大月書店)がある。
【著書紹介】
『大人もハマる! 韓国ドラマ 推しの50本』(大月書店)
韓国ドラマ通である映画ライター/コラムニスト・渥美志保氏が、大人が見る価値のある50作品をセレクト。『王になった男』『ヴィンチェンツォ』『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』『秘密の森』『賢い医師生活』『キングダム』『太陽を抱く月』『オールイン~運命の愛~』『棚ぼたのあなた』などが紹介されている。韓国ドラマのガイドブックとして必読の一冊。