羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。
<今週の有名人>
「責任と覚悟をちゃんと持って、人様には迷惑をかけない」叶姉妹
『マツコ会議』(7月16日、日本テレビ系)
新聞や雑誌には、よく人生相談のコーナーがある。読者のお悩みに、作家やコラムニストなどの有識者が答えるというものだが、答える側の個性や性格が明らかになって面白い読み物だなと思う。しかし、今の時代、「人生相談されること」を仕事にするのは、大変なことではないだろうか。
『M-1グランプリ2019』(テレビ朝日系)で、ぺこぱのポジティブな漫才が話題を呼んだあたりから、「人を傷つけない笑い」という言葉が聞かれるようになり、エンタメ界はそちらの方向に舵を切っているように見える。それは歓迎すべきことだが、その一方で、完全に「人を傷つけない」ことはとても難しいのではないかとも思う。なぜなら、いくら「人を傷つけないように」とこちらが心を砕いたとしても、傷つくかどうかを最終的に決めるのは、受け取る側だからである。
人生相談においても、相談者には、傷つきやすい人もいれば、そうでない人もいる。ただ話を聞いてもらい、優しい言葉をかけてもらいたい人もいれば、実質的なアドバイスがほしい人もいるだろう。そのあたりの相談者のニーズを読みつつ、読者にも「なるほど、その通りだ」と思ってもらえるような客観的な意見を言わなくてはいけない。やはり、悩み相談を受けるのは、相当難しい仕事といえるのではないだろうか。
そんな中、オーディオストリーミングサービス「Spotify」で、昨年8月から配信が始まったトーク番組『叶姉妹のファビュラスワールド』の人生相談が、今、大人気だそうだ。開始早々、ポッドキャストのランキングでたびたび1位を取り、視聴者からは「聞くだけで自己肯定感が上がる」「癒やされる」などの声が上がっているという。
その評判を受けて、7月16日放送の『マツコ会議』(日本テレビ系)には、叶姉妹がリモート出演した。番組では、どんなお悩みが寄せられているかの実例と、叶姉妹の姉・恭子サンの回答を紹介していた。
例えば、「常に周りの人、特に職場(の人)の顔色を伺いながら生きています。自己肯定感高く、周りに気を使いすぎず、ポジティブに生きるコツを知りたいです」というお悩みに対し、恭子サンは「今は自分の周りにどんな方たちがいるのか表面的にしか知らない方が多すぎる」とし、「だから、その方たちに自分がどういうふうな目で見られているのかなんて、全く気にする必要がない」「『風が吹いているわ』というふうに思っておけばいい」と回答。
また「正しい人との距離感の取り方を教えてほしい」というお悩みに対しては、「距離感なんてないの」「なぜかというと、その方のパーソナリティーや環境や、取り巻くこともいっぱいあるでしょうから、距離感を取るなんてそんな難しいことできない」「自分と空気、自分と物質という考えでいい」と話していた。
正直、私にはあんまりピンとこないが、“人の目を気にする必要はない”“他人を空気や物質と思え”という教えは、人間関係について考えすぎてしまい、がんじがらめになっている人には、待ちに待った言葉なのかもしれない。あるリスナーは「自分本位で考える、自分がどうしたいのかを、明確にお姉さまのほうが話してくれて、そこですごい共感ができる」と話していた。
叶姉妹は「私たちは絶対に決めつけとか、押しつけとかしない」「いろんな方がいろんな感じで捉えてくださっている」「正解(の回答)をしなくていい」と言っている。なので、叶姉妹のアドバイスの“真意”というものが、完璧にはつかみきれないのだが、リスナーの女性の「自分本位で考える」という解釈には違和感があった。
自分本位というのは、他人の気持ちではなく、自分の気持ちを中心とした物事の考え方を指し、どちらかというと“自分勝手”寄りの言葉である。確かに恭子サンは「もっとみなさん自由に」と言っていたし、叶姉妹としても、人目を気にするな、他人なんて空気と思えというような発言をしているので、自分中心の考え方をしているように感じる人もいるだろう。
しかし、その一方で、こうも言っている。「もっと自由に、もっと心を解き放していいのですよって話しているのですが、その中には責任と覚悟をちゃんと持って、人様には迷惑をかけない」「これが基本の叶姉妹のポリシーの一つです」。
つまり、より多くの自由を謳歌するために、背負わなければならないものもあると言っているわけだ。
繰り返しになるが、叶姉妹は言葉をかみ砕いて説明しないので、責任や覚悟が具体的に何を指しているのかはわからない。なので、単なる私の推測になってしまうが、先ほど例に出した「自己肯定感高く、ポジティブに生きるコツは?」というお悩みに対する、恭子サンの回答の意味について考えてみよう。
「人からどんなふうに見られているかを気にしない」ことは、仮に他人が自分を高く評価していなかったとしても、その評価に縛られない自由の行使と言えるだろう。しかし、そういう生き方をして、人との距離を縮めないようにしていると、職場でなんとなく浮いてしまう可能性がないとは言えないし、上司によってはウケが悪いこともあるので、そのあたりを受け入れる覚悟はいる。
また、職場で浮いていると、なんとなく疎外感を覚えて、ネガティブになってしまうかもしれない。会社というのは本来、給料に見合った働きをする場所なので、メンタル面で仕事に悪影響を及ぼすのはNGだろう。しかし、仕事の責任を全うする働きをするのなら、誰にも迷惑はかけないわけだから、その態度を貫けばよい。叶姉妹の意図するところはこんなことではないだろうか。
こうやって考えていくと、叶姉妹の言う“自由”とは、自分本位のものではなく、自分のやるべきこと(仕事)をやった上で堂々と行使するものであり、自分と周囲(職場)、どちらにも恩恵をもたらすものと言える。繰り返すが、これは私の単なる推測にすぎないが、少なくとも叶姉妹は「自分本位でいい」とは言っていないように感じるのだ。
自分に本気でない男性に時間を費やしている女性のお悩みに対して、恭子サンは「女性の人生をパールのネックレスにたとてみて。一粒一粒、川に捨てていってるようなもの。だんだんと捨てすぎてることを、ご自身が気づかない時に、最後に残るものはそれをつないでいた紐だけなんですよね。だから、ご自身の人生が真珠の玉をいくつ無駄にしないかを、よくよく考えてみたらいかがでしょうか?」と、たとえを使いながら、アドバイスしている。
たとえというのは話をわかりやすくする効果もあるが、実は話の焦点をぼんやりさせる働きもある。なので、感覚が鋭敏な人は、叶姉妹の話から、より多くの教えをキャッチするだろうし、そうでない人はざっくり理解するだろう。
先ほどの「自己肯定感高く、ポジティブに生きるコツは?」という悩みの回答の捉え方が、あるリスナーと私で違ったように、叶姉妹の人生相談は「人によって気づく点が異なる」ため、結果として「人を傷つけない」回答になっているのではないか。
人生相談といえば、昨年亡くなった瀬戸内寂聴さんの独壇場だった。寂聴さんの人生相談の特徴は、夫を亡くして悲しみに暮れる女性が寂庵を訪れた際に「あなた、きれいだから恋愛でもしなさい」と勧めるなど、笑いを交えながら、「欲望を解放せよ」とする回答に特徴があったように思う。
それに対し、叶姉妹が勧めるのは自由と責任。恋愛や結婚を重要視しなくなってきた現代に、ちょうどフィットしているのではないだろうか。ポスト寂聴さんは叶姉妹で決まりな気がする。