コロナ禍によって日常の行動は大きく変化し、自宅で過ごす時間が長くなった人が急増した。緊急事態宣言や外出自粛の要請は、リモートワークを促進させ、ステイホームでのトラブルも頻発している。そのひとつが「ベランダ喫煙」の問題だ。
2020年に全面施行された改正健康増進法では、屋外と家庭内でも「喫煙する場合は周囲の状況に配慮」することが求められている。中でも、戸建ての住宅に比べて集合住宅の「ベランダ喫煙」は、よりデリケートな問題だ。受動喫煙の害に対する懸念から、住民同士のトラブルも少なくない。
ベランダ喫煙に関する相談が増加
「禁煙研究」の第一人者である産業医科大学産業生態科学研究所健康開発科学研究室の大和浩教授によれば、ベランダ喫煙などに関する悩みの声や相談が増加しているという。
「お隣がテレワークで在宅時間が増え、たばこの煙や臭いの量が以前よりも増えた」「近隣の方の喫煙が増え、ベランダに衣類を干したり、窓を開けて換気しづらい」などの声が挙がっています。
ところが、喫煙者の中には、「自宅での喫煙は自由」「自宅で吸って何が悪い」「他人には迷惑をかけていないはず」と考えている人は少なくありません。
では、はたして“迷惑をかけていない”のは本当でしょうか?
そこで、集合住宅のベランダで喫煙した際に一つ上のフロアと同じフロアの隣家の受動喫煙を評価する実験を行いました。
自宅ベランダでも喫煙はNGな理由とは?
実験では、2階のベランダ(①)でたばこを1本ずつ5本、約30分間燃焼させ、その間に、発生する微小粒子状物質(PM2.5)を、次の5カ所で同時に測定しました。
「燃やしているベランダ①」「上階のベランダ②」「窓を開けた室内③」「同じフロアの隣家のベランダ④」「窓を開けた室内⑤」です(画像1)。
集合住宅で行った実験
その結果、ほぼ無風からそよ風が集合住宅に向かって吹く状態では、2階から3階への拡散だけでなく、同じフロアの隣家のベランダへ、そして開いた窓から流入して室内でもPM2.5濃度が高くなることが分かりました。
明らかな受動喫煙が発生することが認められたのです(図2)。
上階よりも同じフロアの隣家のPM2.5濃度が高かったのは、たばこの煙が避難通路と壁の隙間から隣家に拡散したためと考えられます。
別の実験ですが、喫煙地点から水平方向風下で4m、11m、18m、25mのそれぞれの地点で受動喫煙の影響を測定したところ、風下25mでも受動喫煙が認められています(画像・図2)。
風下25mでも受動喫煙が……
一般的なイメージよりも遠い場所で「望まない受動喫煙」が生じていることがおわかりいただけたと思います。
これでは、喘息や過敏症がある人は通常の生活ができません。しかし、受動喫煙に悩む人の中には、トラブルを怖れて注意できないケースも多いようです。喫煙する方は、そんな周囲の状況に配慮してほしいものです。改正健康増進法では、屋外や家庭でも受動喫煙が発せさせないように配慮する義務が発生しています。
“自宅で吸っても他家の受動喫煙につながる”ということを周知することで、「吸える場所がないなら禁煙しよう」という流れができることを期待します。
受動喫煙による死者、年1万5千人の推計も
国立がん研究センターは、世界保健機関(WHO)が定める「世界禁煙デー」(5月31日)に合わせ、次のアンケート調査(成人男女2000人(喫煙者1000人、非喫煙者1000人)の結果を公表した。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛や在宅勤務により、「たばこを吸う同居人からの受動喫煙が増えた」と考える人が33.7%、「喫煙量が増えた」と答えたのは18.0%というものだ。
これまで同センターは、受動喫煙による肺がんや心疾患などの死者は年1万5000人に上ると推計。受動喫煙の害について警鐘を鳴らしている。しかし、そのための施策はなかなか進まないのが現状だ。他人のたばこの煙を吸うだけでも、喫煙者と同じ病気のリスクがある――社会全体で理解が進むことに期待したい。
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この記事の監修:大和浩(やまと ひろし)
1986年、産業医科大学卒業。呼吸器内科でじん肺の治療を担当したことで作業環境改善の重要性を感じ、産業医学へ。粉じん・有機溶剤対策を応用して下方向に吸引する解剖台を開発。喫煙コーナーや喫煙室のデザインを通じて喫煙対策にのめり込み、自身の禁煙にも成功。「ニコチン依存症」から「タバコ対策依存症」となり、日本の空気の改善をライフワークとして発信中。
http://www.tobacco-control.jp/