家庭を持っている女性が、家庭の外で恋愛を楽しむ――いわゆる“婚外恋愛”。その渦中にいる女性たちは、なぜか絶対に“不倫”という言葉を使わない。仰々しく “婚外恋愛”と言わなくても、別に“不倫”でいいんじゃないか? しかしそこには、相手との間柄をどうしても“恋愛”だと思いたい、彼女たちの強い願望があるのだろう。
一般的に、パートナーとの関係性は、人生のさまざまなイベントを機に変化していくものだ。例えば、恋人同士の2人が結婚すると夫婦になり、子を授かった場合は、そこに子の父と母という関係性も加わるだろう。婚外恋愛の場合は、ずっと「恋人」のままだが、年齢を重ね、お互いを取り巻く環境に変化が訪れると、その毛色が異なってくることもある。
「昔は、婚外恋愛している相手から『妻と24時間ずっと一緒だから、すぐにメールに返事できない』なんて言われたら、嫉妬と虚しさでどうにかなっちゃいそうでしたよ。まさに恋人感覚でしたね。でも今じゃ、逆に彼の奥さんのことを心配しちゃってますから」
高らかに笑いながらそう話すのは、そろそろ60代が見えてきた秋枝さん(仮名)。彼女の婚外恋愛歴は、なんと20年近くにも及ぶという。
秋枝さんの結婚は20代の頃。大学を卒業し、新卒で入社した会社で知り合った男性とゴールインした。
「当時はバブル全盛期でした。同期入社の彼の実家は有名な老舗食品店を営んでいて、羽振りはよかったです。夫は、『20代のうちは社会経験を積んで、30代になってから家業を継ぐ準備を始める』と言っていましたから、正直私としては『玉の輿』狙いでしたよ。彼もそういった女性が寄ってくることに慣れていて、完全に妻を『選ぶ側』だったから、プロポーズされたときには『ほかの女に勝った!』っていう気持ちでした」
今は、恋愛や結婚に興味がない若者も多いというが、「当時は男も女もガツガツしていて、やたらと元気だったんですよ」と、当時を懐かしそうに振り返りながら、秋枝さんは語る。
結婚し、寿退社をしてから子どもを2人授かった秋枝さん。2人目の子どもが高校へ上がる頃、ご主人の浮気を知ったという。
「その当時、私は夫の家業を手伝っていました。夫は幼い頃からその土地に住んでいたので、『○○のところの跡取り』って感じで、彼の存在は近隣住民に知れ渡っていたんですよ。すると、聞いてもいないのに、近所の人が『どこどこで旦那さんがほかの女と食事していた』とか『車でどこどこのホテルに入っていくところを見た』とか、いろいろ教えてくれて……」
当時の秋枝さんは、子育てが楽しく、「正直夫のことは男とは意識していなかったから、ほかに女がいようがどっちでもよかった」と話す。しかし、以前は定期的にしていた営みが徐々に減り、1カ月に一度、半年に一度となったとき、秋枝さんは夫に対して怒りを覚えたそうだ。
「女扱いしてくれないことに腹が立ったんです。自分のことを棚に上げて、何を言っているんだと思われるかもしれないけれど、よその女にはちゃんと欲情するんだと思うと、自分の『女』の部分を否定されている気がして……それで、交際を始めたのが今の彼です」
大学時代からの知り合いだった彼とは、「セックスレス」という共通点があった。
「久しぶりに飲みに行った席で『夜の夫婦生活』の話になった時、私がセックスレスであることを打ち明けたんです。すると彼も『うちもしばらくないよ』って話してくれて。彼のところにはお子さんがいないから、そういうことも含めて仲良くしているんだろうなと思っていたので、意外でした」
こうして交際がスタートし、2人は現在にわたるまで20年近く逢瀬を重ねてきたが、秋枝さんはすでに夫と離婚している。
「子育てが終わって、夫といる必要がなくなったんです。たび重なる夫の浮気の証拠を突き付けて、ローンを全額繰り上げ返済した自宅の権利をいただきました。社会復帰には少々戸惑いましたが、今は資格を生かして、フルタイムの安定した仕事に就いています。子どもたちは2人とも結婚しているし、気楽なものですよ。そんな中、月に数回、彼と飲みに行ってちょっとした恋愛気分に浸る……50代ってこんなに楽しいものなのねって思いますよ。20代の頃は『50代なんてババア』『年を取ると楽しくない』なんて考えてたけど、全然違いました」
もうすぐ60代が見えてきた秋枝さん。かつては「会えばホテル」だった彼との交際にも変化が訪れているという。いつしか自然と性的な行為はしなくなり、今ではゆったりくつろげるおいしい料理屋で、2人が大好きなお酒を嗜むのが定番のデートだそうだ。
「長く一緒にいる分、好きなところはもちろんですが、面倒な部分とか苦手な部分も見えるようになりました。彼、すごくきれい好きで、ラブホテルのお風呂のタイルを素足で歩くのも嫌がるんですよ。そんな彼が、先日病気をしてしまって、今入院中なんです。毎日お風呂に入れないから、きっと不機嫌なんだろうな、看病している奥さんかわいそう……って。そんなことまで心配するようになりました。会えば恋愛気分にはなるけど、私たちはもう恋人って感じではないです」
秋枝さんはこれまで、彼との結婚は考えなかったのだろうか。そう尋ねると、「ないです」と笑った。
「そうしたら、私の財産を子どもたちにあげられなくなる可能性もできてしまうから。当たり前ですけど、彼よりも比較にならないくらい子どもたちが大事なんです」
子どもたちを育て上げ、夫から解放され、自分の仕事に邁進し、自由に生きる秋枝さん。にっこりと微笑むその表情は、自信にあふれていた。
(文・イラスト/いしいのりえ)