ここ最近、各種SNSで活躍するインフルエンサーのエッセイ本が量産されている。中でも、若者の間でカリスマ的存在の人気YouTuber・ヒカルが9月30日に発売したエッセイ本『心配すんな。全部上手くいく。』(徳間書店)は、発売から数週間で発行部数25万部を突破と大ヒット。Amazonでの評価は星4.6(10月19日時点)と高く、コメント欄も「全部上手くいく気がしました」「持ってるだけで自信がつきます」「おしゃれ」「カッコいい」など、盲目的とも取れるポジティブな感想であふれている。
その中で目立っていたのが、「彼に興味がない人こそ読んで」「ファンでもそうでなくても楽しめる」「ヒカルのことを知らない人も読んでほしい」「『ヒカル』の本だけど『ヒカル』に囚われず、手に取ってほしい」などのコメントだ。まるでヒカル本人に拡散を頼まれたかのように、似た文言で、熱心に“非ヒカルファンにおすすめ”している人が多いように見える。
そこで今回は、ヒカルのYouTube動画を見たことがなく、そもそもヒカルが何者かもよく知らず、ゆえに思い入れも興味も一切ない筆者が、非ヒカルファン代表として『心配すんな。全部上手くいく。』を読んでみることに。彼がカリスマと称されるゆえん、またそのファン層が浮き彫りになった。
YouTuber・ヒカルとはつまり何者なのか?
これまでの経験をもとに、読者に成功をつかむヒントを説く――いわゆる自己啓発書の類いに入るであろう『心配すんな。全部上手くいく。』。
しかし、ヒカルを知らない読者がこの本で最初に知りたいのは、「ヒカルとは何者か」という部分。「僕」という一人称でつづられる形式の本書からわかるヒカル像をまとめると、
・話術の天才
・先天的にポジティブ
・生まれついての最強メンタル
・日本屈指の影響力を誇る
・忖度せず本音で生き、タブーを恐れない発言をする予測不能のダークヒーロー
・高卒後、一時はニートだったが、いきなりトップ営業マンに
・独立後には情報商材ビジネスでボロ儲け
・数多の炎上を乗り越え、チャンネル登録者数500万人に迫るカリスマYouTuber
・夢は究極、世界を変えること
となる。
なるほど、ヒカルとは「小学生が夢に見るような、よくわかんないけどなんかすごい人」そのもの。おそらくヒカルは、小学生でも読めるような自己啓発書を書きたかったのではないだろうか(漢字にフリガナはふられていないので、基本的な読み書きができる高学年を想定している気もする)。
第4章「勝ち方」第3節で、ヒカルは「まずは勝てる場所を探せ」と述べ、「実績十分の強者がいるフィールドでは勝負しない」ことを勧めている。心理学や脳科学に基づいた専門的な自己啓発書はすでにたくさんあるので、意識的にそれらに触れたことのない層を狙ったのかもしれない。
ヒカルが本書で、“小学生でも読める自己啓発書”を狙ったと思われる根拠は3つある。1つ目は、子どもに人気のマンガやゲームに関する記述が多いこと。
「人生はポケモン」とたとえ、「あらかじめだれでも全クリできるように設計されている」と説く。ほかにも『ONE PIECE(ワンピース)』(集英社)や『ドラゴンクエスト』など有名どころを引用。筆者には響かないが、子どもには響きそうだ。
またヒカルは、自己演出にもマンガを活用している。衝動に従うべきだと説く第3章第3節では、「僕が経験したいちばん強烈」な衝動として、“野球マンガ「ドカベン」が急に読みたくなって地元・兵庫の田舎町から大型書店のある神戸まで車を飛ばし、3日かけて読破した”エピソードが紹介されている。カリスマダークヒーローの人生で、最も強烈だった衝動がこれとは、なんだかほほえましい。
「ドカベン、ドカベン、ドカベン。とにかく『ドカベン』を読みたい。いますぐ読みたい。仕事もまったく手につかなくなってしまった。1巻だけじゃダメだ。全巻だ。全巻を一気読みしたい」と禁断症状を起こしたかのような当時の描写、あまりにも面白すぎやしないか。小学生も「わかる、わかる!」と共感してくれるだろう。ヒカルはあえて親しみやすさを演出したに違いない。
さらに、タイトル『心配すんな。全部上手くいく。』も、マンガ『キングダム』(集英社)のキャラのセリフまんまとのこと。各章のサブタイトルも、すべて『鋼の錬金術師』(スクウェア・エニックス)『黒子のバスケ』『銀魂』(ともに集英社)などのセリフの引用だという。子どものハートをつかみそうな試みだが、著書の顔ともいえるタイトルまで、他人のマンガのセリフを使うとは……なかなかできることではない。タブーを恐れないメンタル最強なヒカルだからこその、人目を引く作戦なのだろう。
2つ目の根拠は、ヒカルから、子ども思いな面や純粋さが感じられること。本書によれば、ヒカルの代表作は、“祭りの露天のくじに当たりくじが入っているかを検証した動画”だそうだ。15万円分引いたものの当たりは出ず、「露店は子どもたちの大事なお小遣いを騙し取っている」「悪質だ」「祭りくじの闇である」「(もとから)うさん臭さを感じていた」「これは詐欺だ」と、結構な言いようで、露天商を批判している。
露店のくじ引きが詐欺まがいであることは、大人はみんな知っている。むしろ、それを知っていく過程で子どもは大人になっていくのだから、そっとしておこうよと、個人的には思うが、純粋なヒカルは「子どもを騙すなんて許せない!」と感じた……のかもしれない。その子どもたちを思う気持ちが、“小学生でも読める自己啓発書”執筆への原動力になったとも予想できる。
3つ目の根拠は、一文一文が短く(「イエスだ」「最高だ」「必ずだ」「僕だ」「ノーだ」「愚かだ」など)、それでいて畳みかけるようなリズムがあり、子どもにとにかく読みやすいことだ。
おそらく、読みやすくするためだと思うが、2択を迫る文も多い。
「やるか、やらないか。それだけだ」
「ありか、なしか。ありだ」
「失敗には2つある。良い失敗と、悪い失敗だ」
「考えるか、考えないか、あるのはその二択だけだ」
「世のなかには2種類の人がいる。運のいい人と、運の悪い人だ」
「炎上には2種類ある。『どうでもいい炎上』と『悪い炎上』だ」
などである。
また、イメージを膨らませやすくするためか、ヒカルはたとえを使いこなす。前述したマンガやゲームのほかにも、「そばアレルギーの人がアレルギーを克服するために大量のそばを食べるだろうか?」などがある。
これらの特徴から、ある有名作家をイメージできないだろうか? そうだ。村上春樹だ(ヒカル風に)。
村上春樹の特徴といえば、リズミカルな文体に、独特だがイメージが湧きやすい比喩。その上、村上春樹も2択が好きだ。小説『ドライブ・マイ・カー』(文藝春秋『女のいない男たち』所収)では、「世の中には大きく分けて二種類の酒飲みがいる」、日本語訳を務めたジム・フジーリ著『ペット・サウンズ』(新潮社)のあとがきでは、「世の中には二種類の人間がいる。『カラマーゾフの兄弟』を読破したことのある人と、読破したことない人だ」と書いていた。『1Q84』(同)でも「ものごとには必ず二つの側面がある」「良い面と、それほど悪くない面の二つ」とのセリフがある。実にヒカル的!
第1章第7節で「ぶっちゃけ、小説や映画よりもマンガだ」と書いて、小学生に親しみを持たせつつ、世界的人気作家にも通ずる、とにかく伝わりやすい名文で、自身の考えを読ませる工夫を施す。
勝てる場所を見つけ出し、徹底してターゲットに向けた発信を行う――ヒカルがカリスマたるゆえんはそこであり、とんでもないやり手なのかもしれない。
正直、自己啓発書としては、すでにある同ジャンルのベストセラーに書かれている要素ばかりで、根拠や出典に乏しいため、発売数週間で25万部売れるほど突出した作品ではないように思える。ただ、自己啓発書マニアのビジネスマンが読むタイプの本ではないかもしれないが、子ども向けと考えると、確かに出色の出来栄えかもしれない。おそらくヒカルの主なファンも子ども、もしくは子どもの心を持ち続けている大人なのではないか。
筆者はそのどちらでもないと自認するが、読み切ってみると、ヒカルという人物に対して「さぞ子ども思いで純粋な方のはず」「世界を変えたいとは、具体的には何がしたいのだろう」「『アイデアとはアイデアだ。』という文が2回も出てくるけど、どういう意味かなぁ」といった興味が湧いたのは確か。
さらに「村上春樹、好きなのかなぁ」といった想像まで膨らませてしまい、愛しさのようなものまで感じてしまった。確かに『心配すんな。全部上手くいく。』は、ヒカルを知らない人こそ読んでみるべき作品なのかもしれない。