こんにちは、元闇金事務員、自称「元闇金おばさん」のるり子です。
今回は前回に引き続き、私の体験した初の債権回収の現場についてお話ししたいと思います。
少しでも値段のつくものが残されていれば、なんでも換金してやろうと、夜逃げした債務者の自宅を確認する2人について回ると、部屋にあるタンスの引き出しやクローゼットの扉などを次々に開いていきます。特に目ぼしいものは見つからず、続いてみんなで2階に上がると、部屋の扉を開いた途端に佐藤さんが呻きました。
「なんだ、この部屋は?」
「うわあ、スゲエ!」
部屋の中を見ると、多くの水槽が並べられており、見たこともない異形の魚が悠々と泳いでいました。ゴミ屋敷状態だった1階の汚さを忘れさせるほどきれいな部屋で、精魂を込めて面倒をみていたであろうことが伝わってきます。
「小さな水族館って感じだな」
「珍しいのがいれば、売れるかもしれないっすね。ペットショップに聞いてみますか」
室内を物色する藤原さんの姿は、まるで泥棒のようで、現場で行動を共にしている自分が怖くなってきました。飼い主が手塩に育てた可愛いペットも、債権者からすれば、ただの動産(財産)でしかないのです。ここから出たい気持ちが強まり、居ても立っても居られない気持ちになった私は、平静を装って佐藤さんに申し入れます。
「熱帯魚屋さん、ウチの近くにありますよ。食事の用意もしないといけないし、ついでに聞いてきましょうか?」
「それは、助かります。お願いしてもいいですか?」
早速に階段を降りて、玄関で靴を履いていると、すぐ後ろからついてきた藤原さんが、ドアスコープを覗いて周囲の様子を確認してくれました。
「前ね、買い出しに出ようと玄関を開けた瞬間に、ほかの債権者に突入されたことがあったっすよ」
「いやだあ。このタイミングで、そんな怖いこと言わないでくださいよ。で、どうなったんですか?」
「相手の若い奴が、ナイフで切りつけてきたっす。その時の傷が、これ……」
どこか自慢気に、左腕の袖口をめくった藤原さんは、その時に切られた傷跡を誇示してきました。その後、救急車を呼んだことから警察沙汰になったそうですが、うちが現場を占有することを相手に約束させ、決着したそうです。
「ケガの功名ってことでしょうか?」
「そうっすね。自分は売り上げも悪いし、体を張るくらいしかできないっすから……」
現場の住所を書いたメモを片手に熱帯魚屋に行き、生体の買取が可能か店主に尋ねると、「モノによっては」と回答されました。どんな魚を売りたいのか問われて答えに窮してしまいましたが、現場で見たのと同じような魚が展示されていたので、水槽を指さして説明します。
「アロワナとプレコ、それにポリプテルスですね。状態によっては引き取れるので、あとでうかがってもよろしいですか」
現場まで見に来てくれるというので、メモを見ながら住所を伝えると、訝し気な表情を浮かべた店主が言いました。
「あれ? ここって、花輪(仮名)さんのお宅じゃないですか?」
「え、ええ……」
「花輪さん、どうされたんですか? この前、来ていただいたばかりだけど、なにも言ってなかったですよ。あなたは、娘さん?」
「いえ、取引先の者です。ちょっと事情があって、急に引っ越すことになったモノですから、ご協力いただけたらと……」
熱心に育てていたのにと、ブツブツ言いながらも来訪を承諾してくれたので、携帯電話の番号を交換してから近くのスーパーに立ち寄ります。弁当や飲み物を多めに買いつけて現場に戻ると、すでに熱帯魚屋の店主が到着しており、2階の水族館部屋で買い取りの交渉が始まっていました。
飼育器具も含めて引き取ってもらえることになりましたが、その額面は2万円ほど。熱帯魚屋の店主は「成魚や中古器具は買い手が少なく、本来であれば逆に費用をいただくところだ」と話しています。アシが出るよりはマシと、正式に引き取りを依頼した佐藤さんに、店主が言いました。
「花輪さんは、どうしちゃったんですか?」
「ここだけの話ですけど、夜逃げしちゃったんですよ」
「許可なく片づけて大丈夫ですかね? 熱心に面倒をみていたし、ウチの常連さんだから心配ですよ」
「大丈夫ですよ。書類もあるし、なにかあれば我々が対応しますから」
厚手のビニール袋に水槽の水を移して、網ですくった生体を入れた店主は、スプレー缶で酸素を注入すると輪ゴムで縛って密封しました。飼育器具の搬出を終えた店主を見送り、空になった部屋の掃除をしていると、玄関扉を乱暴に叩く音が聞こえてきます。
「ヒシ(山口組のこと)の、トネ(仮名)じゃあ。お前ら誰に断って入ってんじゃあ。早よ、開けんかい!」
階段の上から玄関の様子を覗き見ると、静かな動きで玄関扉の前に陣取った2人は、顔を見合わせて外の様子をうかがっています。ドアスコープから屋外の様子を確認したいところですが、間髪入れずに扉を激しく叩いてくるので、目をあてることができません。扉がひずむほど激しく叩いてくるため、音が出るたび、ご近所の反応が気になりました。
「いないなら、壊して入るぞ。いるなら、早く開けんかい!」
仕方なくといった様子で佐藤さんが外に出ると、中に残った藤原さんは、すぐに施錠してバールを片手に身構えています。玄関先で、「(家の中に)入れろ、入れない」の押し問答が始まると、相手方の怒号が家の中まで聞こえてきました。
どうやら組織の話を出して脅迫されているようで、閑静な住宅街に不穏な言葉が響き渡っています。するとまもなく、弊社の社長をはじめ、社員のみんなが現場に到着しました。現場前の道路には、多くの車両が並び、ただならぬ空気が漂っています。
「近所迷惑になるから、中で話しましょうか」
散らかったままのダイニングで交渉が始まったので、急いでグラスを洗って、買ってきたばかりのお茶を入れて出すと、トネ氏の風貌を見て驚きました。
ウエットジェルでテカらせた長めのパンチパーマに、薄茶色のレンズが入った大きなサングラスをかけて、太い金のネックレスとブレスレット、それに大きな金の指輪までつけています。しかし、上下の服は、それらに不釣り合いな可愛い犬のイラストが刺繍された白いスウェット。左手首にもダイヤをちりばめた金時計をはめており、もしかしたらゴールドラッシュを表現しているつもりなのかもしれないと思いました。
その姿はヤクザにしか見えませんが、社長と対峙してからは大声を出すことなく、冷静に話を聞いてくれています。さっきまでとはまるで別人のようで、その変貌ぶりにヤクザの正体を見た気がしました。話をすること、およそ15分。納得した様子で、にこやかに頭を下げて出ていくトネ氏を見送った社長に、バールを置いて警戒態勢を解除した藤原さんが聞きました。
「お疲れさまです。社長、どうやって話つけたんすか?」
「あいつ、前にも揉めていて、債権を買ってやったことあるんだよ。だから、今回も安心しろって、そう話しただけだ」
以前にやり合ったときには、ケツ持ちに頼んで和解したそうで、それ以来、不毛な争いはしない約束をしている関係にあるそうです。
結局、担保として預かっていた小切手の一部は不渡になりましたが、自宅の賃借権を売却したことで回収は終了。現場で怒鳴っていたトネ氏の債権も、持ち込まれた債権書類一式と引き換えに事務所で決済されました。
「社長さん、今回は恩に着まっせ。今後も、よろしゅう頼んます」
その数日後。夜のニュースを見ていると、世間を大きく騒がせた殺人事件の関係者として逮捕され、警察署に連行されるトネ氏の姿がありました。一歩間違えていたらと、ぞっとする思いをした次第です。
※本記事は、事実を元に再構成しています
(著=るり子、監修=伊東ゆう)