11月20日に開幕し、連日盛り上がりをみせている『2022 FIFAワールドカップ カタール』。23日にNHK総合で生中継された1次リーグ・E組「日本対ドイツ」戦の平均世帯視聴率は、35.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。途中出場の堂安律選手と浅野拓磨選手がゴールを決め、2対1で逆転勝ちが決まった場面では、瞬間最高40.6%をマークするなど、日本中を感動と興奮の渦に巻き込んだ。
試合終了後、東京・渋谷のスクランブル交差点や、大阪・道頓堀では多くのサッカーファンが大騒ぎ。情報番組などでは、日本代表チームの雄姿に狂乱する人々の姿を伝えたが、現在、新型コロナウイルスの感染者が急増し、「第8波」の到来が伝えられている状況だけに、ネット上では「街で大騒ぎしているサッカーファンは、コロナに対する危機意識が低い」「ノーマスクで知らない人とハグなんて、感染リスクしかない」などと、批判的な意見も続出している。
なぜ一部のサッカーファンは、渋谷で大騒ぎするのか――サイゾーウーマンでは、2018年に『2018FIFAワールドカップ ロシア』が開催された際、神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授である臨床心理士の杉山崇氏にその理由を取材していた。本日午後7時からキックオフする「日本対コスタリカ」戦に合わせて、あらためて再掲する。
(編集部)
現在、開催中の『2018FIFAワールドカップ ロシア』で、2大会ぶりに決勝トーナメントに進出した日本代表。初の準々決勝進出がかかったベルギー戦(日本時間3日午前3時キックオフ)に向け、日本代表を応援する人々は徐々にボルテージを高めているようだ。そんな中、話題になっているのが、東京・渋谷に集結するサッカーファンの“熱狂ぶり”だ。日本戦開催日、駅前のスクランブル交差点周辺がユニフォームに身を包んだサッカーファンで埋め尽くされる光景は、いまやW杯の風物詩となっている。
彼らは試合開始前から徐々に集まり出し、声だしをしたり、仲間同士で円陣を組んだりなどして、士気を高めながらキックオフの時を待つ。試合自体は、おのおのスマートフォンや近場のスポーツバーなどで鑑賞しているが、渋谷に集った人々はある種の“一体感”を抱きながら試合展開を見守るのだ。そして日本の勝利が決まると盛り上がりは最高潮に達し、大勢のファンがハイタッチをしながら交差点を渡り、ハグをし合い、「ニッポンコール」が飛び交う“お祭り状態”に。警視庁はそんなサッカーファンによる混乱やトラブルを防ぐため、機動隊員ら数百人を動員して警備に当たっており、29日のポーランド戦後には、「機動隊員の帽子を奪った」として男子大学生が現行犯逮捕されるという事件も起こった。
こうした渋谷のサッカーファンの様子がニュースなどで報じられるたびに、ネット上では「日本が勝ってうれしいのはわかるけど、はしゃぎすぎ」「ただ騒ぎたいだけなんじゃない?」と冷ややかな声が少なくない。確かに外から見ると異様に見えるのかもしれないあの熱狂ぶりだが、今回は、そんな“渋谷で大騒ぎするサッカーファンの心理”を、神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授である臨床心理士の杉山崇氏に解説してもらった。
2002年の日韓W杯の際、「私もハイタッチしていました(笑)」と言う杉山氏は、最初に日本人は“お祭り好きの民族”である点を指摘する。
「日本の農村では、もともと月に一度はお祭りがあったんです。というのも、彼らは日々単調な農作業をしていて、これと言った娯楽もなく、ひもじい思いをしていただけに、月に一度はパーッと騒ごうと、お祭りを開いていたわけです。そうやってリフレッシュをして、日々の暮らしに耐えていた面があります。しかし、都市化して農村がなくなると、無理やりお祭りに巻き込まれることもなくなり、自分でお祭りをプロデュースしなければいけなくなりました。それをサッカーに見いだした人たちが、W杯日本戦の日に、渋谷に集まっているのかなと思います」
人にはそれぞれ“その人にとってのお祭り”があり、例えば「好きなアーティストのコンサートに行く」「ハロウィンパーティーを楽しむ」というのもまた、お祭りの一種であると言えるそうだ。そんなさまざまなお祭りの中でも、特にW杯に熱狂する人が多いのは、サッカーという競技の特性に起因しているという。
「人は、頭を使っていると、感情的になりにくいという面があります。サッカーはボールをゴールに蹴り込むという単純明快なルールかつ、攻守の切り替えが速いスポーツだけに、熱くなりやすく、かつアドレナリンが分泌されやすいんです。サッカーは、“ルールが厳密”“攻守の入れ替えがゆっくりしている”野球とは違って、頭を使わずに見ることができるわけです。まさに、お祭りにもってこいのスポーツだと思います」
また、W杯は、人間の持つ2つの本能的な欲求を満たしてくれる面もあるという。
「実は人間というのは、本能的に『仲間意識に酔いしれたい』という思い、また外集団(自分と競争し対立していると感じる集団)に対して、攻撃的な気持ちを向けたいという思いを持っています。W杯の『日本対○○』という構図は、帰属意識によって『日本人=仲間』と思えますし、対戦国チームに遠慮なくブーイングをするなど、敵意を向けることが許されるんです」
日常生活では、たとえ同じ職場の仲間だとしても「実は利害関係があるなど、仲間意識に酔いしれられないことが多い。一方で、『みんな仲良くしましょう』と言われ、誰かに敵意を抱くことがよしとされない風潮もあります」とのこと。W杯は、そんな抑圧された思いの発散場となっているようだ。
「仲間意識への欲求に関して付け加えるならば、“仲間とのバンド活動に没頭している人”などは、W杯のようなお祭りが不必要というケースもあるかもしれません。ただし、やはりどうしても日常生活にはさまざまなしがらみがあるだけに、早々満たされるものではない。親子間でも『子どもには、親には、こうあってほしい』といった思いを抱いてしまうものですし、シンプルなマインドでの仲間意識は、なかなか抱けないのかもしれませんね」
ちなみにサッカーファンたちが一斉に声を出して「ニッポンコール」をするのも、仲間意識をより強める行為だと言い、「帰属意識に飢えている人は、『みんなが1つになっている』と感動するんですね」と語る。
恐らく、ベルギー戦のキックオフに合わせて、渋谷にはまた大勢のサッカーファンが押し寄せることだろうが、事故や事件を起こすことなく、節度を持って仲間意識への欲求を満たしてほしいものだ。