私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。
<今回の有名人>
「因果応報ですね」アンミカ
『EXITV』(12月8日、フジテレビ系)
物事を肯定的、積極的に捉えることを意味する言葉「ポジティブ」。自己啓発業界を中心に、ポジティブであることは、まるで一点の曇りもない 青空のようにさわやかで、 「いいこと」とされ、ポジティブな思考回路を手に入れるためのハウツーが世の中にはあふれている。
確かにやりたいことがあるのに、「自分には無理だ」と決めつけて挑戦しないより、「失敗してもいいから、思い切ってやってみよう」とトライするほうがいいとは思う。しかし、そもそもポジティブとは何なのか、前向きに挑戦する姿勢 さえ持っていれば、ポジティブといえるのか。
私自身、どこか釈然としない思いを長年抱えてきたが、12月8日放送『EXITV』(フジテレビ系)に出演したアンミカを見て、一つの答えが出た気がした。結論からいうと、ポジティブとは「不安もしくは恐れの回避行動」のように思えるのだ。
極貧家庭でたくさんのきょうだいに囲まれて育ったアンミカ。ケガをしても病院にかかるお金がなかったので、お母さんが1人で医師に 治療法を聞きに行った(お母さんは、直接診察してもらわなければ、お金はかからないと考えたそうだ)とか、夜明け前に起きて、親子で市場まで歩き、傷んだ果物をもらっていたなどの“極貧”エピソードを、いろいろなバラエテイ番組で明かしている。
高校卒業後、モデルを目指して単身パリに移住した彼女は、20歳の時に『パリ・コレクション』に出演を果たすなど成功を収め、 タレントへと転身。現在はアメリカ人の制作会社社長と結婚している。極貧生活から抜け出し、セレブへと転身したといってもいいだろう。
そんな彼女を支えてきたのが、ポジティブ思考。アンミカがプロデュースした『ポジティブ手帳2023』(小学館)には、「365日、アンミカ思考で幸運体質!」「浄化言葉で強運を引き寄せ幸せ脳に」という帯がついている。
手帳の中にはアンミカが厳選したポジティブワードが毎週掲載されており、アンミカは『EXITV』で、「音読していただくと、目から口からそれを聞いて、五感でポジティブ脳を育むことができます」「(手帳の)左下のほうには、2週間に1回新月満月のお祈りとテーマが書かれているので。『空を見上げて、牡羊座の満月だったら、自分が短気にならず、すごい行動力を持って前向きに生きよう』とか」と手帳をPR。その日、良かった出来事を書く「Today’s Good & Happy」欄が設けられているなど、ポジティブ脳になるためのいろいろなアプローチが書かれているそうだ。
アンミカいわく、「人生はブーメラン いいことを人にシェアしよう」。彼女は数々の商品のプロデュースを手掛けているが、それも「お金儲けと思ったら、いいものはできません。誰かが喜んでくれると思うから、喜ぶ人が増えて、結果それが売れているということにつながっていく」と解説する。同番組・MCの兼近大樹が「悪いこともそうですもんね。悪いことも投げたら戻ってくる」と同意すると、アンミカは「そういうこと。因果応報ですね」と返していた。
私たちは誰もが、「自分は物事を論理的に解釈して判断している」つもりだが、実際には認知にはバイアス(偏り)があると、心理学で証明されている。そのうちの一つが、「公正世界仮説」 と呼ばれるもので、良いことをした場合には良い結果が、悪いことをした場合には悪いことが起きると信じることをいう。
一見正しいように感じられるが、この考え方、なかなか危険ではないだろうか。上述した通り、アンミカの家は貧しかったそうだが、「良いことをした場合には良い結果、悪いことをした場合には悪いことが起きる」という「公正世界仮説」理論にあてはめて考えると、アンミカの両親は「悪いことをしたから、極度の貧乏になってしまった」となるが、本人はどう考えているのだろう 。「公正世界仮説」を信じすぎると、社会的弱者や事件の被害者など弱い立場の人を、あるいはアンミカなら両親を「お前が悪い」「お前の努力が足りない」と追い詰めてしまう可能性があるのだ。
また、「公正世界仮説」を信じる人は、実は不安が強いことが証明されている。「あいつには悪いところがあった、だからあんな目に遭うのだ」と考えることで、自分の優位性を認識し、 自分は大丈夫だと思い、自分の心を安定させているわけだ。
「公正世界仮説」を四文字熟語で言い換えると、「因果応報」になる。ということは、ポジティブの極意を「因果応報」だと説くアンミカは、実は不安感が強いタイプといえるのではないだろうか。アンミカのポジティブに見える行動は、過去のつらかった時代に戻りたくない、あの悲しみを忘れたいがために、頑張っているように見えて仕方ないのだ。
アンミカは毎日ポジティブになるための呪文として「ハッピー、ラッキー、ラブ、スマイル、ピース、ドリーム」と唱えているという。アンミカ には申し訳ないが、こうやって「いいこと」だけを並べることで、かえって彼女の暗さが露呈される気がするのは、私だけではないように思う。
「楽あれば苦あり」ということわざがある。楽しいことの後には苦しいことがある、またその逆、苦しいと思っている時間はいつまでも続くものではないという意味であり、 つまり苦楽は相伴うということだが、この考えは、幸福とか幸運といった「いいこと」 にも当てはまるのではないか。
例えば、健康を損ねて長期間入院する必要があり、仕事を辞めざるを得なかったというアンラッキーを経験した人が、病を克服してまた働けるようになったとき、働ける喜びを感じ、病気をする前よりも強い幸福感を得られるだろう。不幸や不運といった「悪いこと」 は、幸福や幸運を生み出す素となり得るものだから、それらをやみくもに遮断・排除するのはポジティブな行為とはならないように思う。
とはいえ、コロナ禍の暗い時代には、明るい笑顔と元気な 関西弁で、周りを盛り上げる アンミカのようなキャラは必要なのだろう。お体に気をつけて頑張っていただきたいものだ。