「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます! 今回はイギリス王室の描き方をめぐり視聴者の間で物議を醸しているテレビドラマ『ザ・クラウン』(Netflix)の第5シーズンについて、堀江氏に聞きました。
――前回までは、Netflixが2022年末に公開したドキュメンタリー番組『ハリー&メーガン』のレビューを寄稿していただきましたが、女王エリザベス2世の人生を描いたテレビドラマ『ザ・クラウン』の第5シーズンについてはどうご覧になりましたか? こちらも批判は多かったようですが……。
堀江宏樹氏(以下、堀江) いくら「史実をもとにしたフィクション」であるといっても、あまりに事実と異なる内容だといって、存命中の関係者からクレームがついたりしています。現代に近い時代の作品を作ると話題性こそ抜群ですが、デメリットは批判を受けやすという問題ではないでしょうか。
たとえば、ドラマに登場したジョン・メージャー元英首相ご本人が、チャールズ皇太子(当時)から「母親の女王が長生きしすぎて、若い世代の私は活躍できずに困っている」と相談されたという作中のシーンは事実ではない、とわざわざコメントを発表しています。
――ほかにも、露悪的な描写がかなりあるとの声もありました。
堀江 チャールズがカミラとの大人の会話を盗聴され、それが公開された「カミラ・ゲート事件」、もっというと「タンポン・ゲート事件」の生々しすぎる映像化ですね。
当時、チャールズとダイアナは不仲で、すでに公務のときだけ仲が良い、ビジネスカップルの状態。チャールズはカミラ・パーカーとの不倫愛を再燃させており、スピーチ原稿の内容の相談なども人妻である彼女に電話で行うことがありました。しかし、ある晩、相談のついでに、盛り上がってしまったチャールズは「君と本当はずっといっしょにいたい」という代わりに、「君のタンポンになりたい」などと発言したのですが、運悪く、こういう恥ずかしい会話が、無線マニアの手によって盗聴・録音され、新聞社を通じて公開されてしまった……というわけです。この事件を赤裸々に描きすぎたことが、21年9月はじめにエリザベス女王を失ったばかりの英国民の感情を刺激し、「『ザ・クラウン』は不敬だ」という声が多数上がってしまっているようです。
――そんな事件、本当にあったのですね。しかし、日本ではさすがに批判はそこまで大きくはなかったですね。やはりイギリスの王室の話ということで、ワンクッション置かれて捉えられていた気はします。
堀江 そうですね。ドラマの中では、憔悴したチャールズを妹のアン王女が慰めて、「(他人に聞かれたら)恥ずかしい話を(恋人同士で)しない人間がいる?」ときっぱり言い切るシーンがありました。このように、製作者からも、一応の“フォロー”はされているのですが。
ちなみに、チャールズから「そういう相談を受けたことはない」としたメージャー元首相ですが、ダイアナ妃の私設秘書パトリック・ジェフソンという人物がテレグラフ紙のインタビューに応え、「チャールズ皇太子はメージャー前首相とではないが、別の前首相と実際にそのような会話をしたことがある、と語っている」という記事も読みました。
――脚本の脚本家のピーター・モーガンも、「ドラマの内容が100%真実であるとは思わないほうがよい」とわざわざ発言しているようですが……。
堀江 第1〜4シーズンの時点で、すでにそういう事実関係の問題は指摘されていたのですが、2019年のニューヨーク・タイムズ・マガジンのインタビューでは、脚本家のピーター・モーガンに対して、制作姿勢への言及があり、複数のリサーチャーを使って、歴史的資料を集めさせたのに、結果的にはああいう形になってしまったとか。
あるリサーチャーは、モーガンが「資料を大切にしない」と嘆いているそうです。モーガン自身は、そういう仕事スタイルをとる彼が、存命中の人物も出てくる歴史ドラマを描き続けられていることについて、「視聴者との信頼関係があるのだと思います」と答え、「視聴者はその(=ドラマに出てくるシーンの)多くが推測であることを理解しています。ある出来事が、私が想像していた場所、あるいは時間とは違っていたかもしれないのです。でも、根底にある真実には絶対にこだわります」などと回答しているんですね。
――それでいうと、第5シーズンで視聴者からの批判が相次いだということは、彼のいう信頼関係の崩壊を意味しているのかも。
堀江 とりわけ第5シーズンでは、重要な事実関係が史実とは異なっている点や、人物やエピソードの描かれ方が本当に適正か、などについて指摘が多くありました。たとえば、フィリップ殿下と親戚の年若い女性ペネロペ・ナッチブルの友情が、まるで愛情に見えるようにドラマでは描かれていたといわれますね。具体的に男女の関係であることをほのめかすシーンはなかったのですが、表立って問題視されたのは、やはりエリザベス女王が亡くなった直後だったということもあるでしょう。
シーズン5からフィリップ殿下を演じているのが、名優ジョナサン・プライスで、彼がいぶし銀の輝きを発する“美老人”でありすぎたことも、関係しているのかも……。
――第5シーズンについては、ドラマ自体のクオリティが1〜4シーズンよりも落ちた、つまらないという声がありました。
堀江 「ロイヤルヨット」こと、女王やその家族が外交する際に乗船していた思い出の客船「ブリタニア号」の老朽化とそれに伴う莫大な維持費の問題で、結局は廃船されたという出来事に、老年期に入ったエリザベス女王自身の悲哀を重ねたお話でした。このシーンをはじめ、客観的に見たら創作物として、そこまでクオリティが落ちたとは感じませんでしたよ。
ただ、主人公が老いてしまっていると、どうしても物語は子供たち、孫たちの話が中心になります。それに伴って、ドラマ自体も「攻め」ではなく「守り」の方向に傾きますし、そういうところが「(前に比べて)つまらない」と感じた人も多かったという話ではないでしょうか。あと、これまで3人の女優が演じる、3人のエリザベスが登場したわけですが、第2シーズンまで、つまり中年期に入ったくらいまでのエリザベスを演じ、大好評を得たクレア・フォイほどの説得力を、他の2人が演じるエリザベスからは感じられないことも、視聴者の心が離れる原因かもしれません。
――『ザ・クラウン』を英王室のメンバーが見ているという噂も根強いですが、それってどうなのでしょうか?
堀江 見たくないけど、見てしまうという感じに近そう。でも、生前のエリザベス女王からは“お墨付き”も得ていたようですよ。『ザ・クラウン』の第2シーズンの撮影が行われていた2015年の終わり頃、モーガンはバッキンガム宮殿から茶色い小さな封筒に入った手紙をもらい、女王から「演劇界への貢献」を認められた彼は「大英帝国勲章のコマンダー(C.B.E.)に叙任され、その授与式にバッキンガム宮殿に出席するよう要請された」のだそうです。
チャールズ皇太子から勲章を与えられたとき、モーガンは皇太子と5分くらい談話したそうですが、「脚本を書くのは大変な作業でしょう?」と問われています。そして会話の中で、チャールズから「私は何を残すかより、何を省くかを大事に考えます(I tend to think it’s not what you leave in but what you leave out that’s most important)」と言われたそうです。
――それって、チャールズ皇太子ご本人からの「私のタンポン・ゲート事件は、書いてくれるなよ」というメッセージだったのでしょうか(笑)。
堀江 モーガン本人も、離婚寸前のいがみあいをするエリザベスとフィリップの家庭生活が描かれていた当時の『ザ・クラウン』の内容がスキャンダラスすぎるという叱責だったのかも……と思わなくもなかったそうですが、王族の発する言葉は、ドラマにも描かれているように、どうとでも受け取れるような、曖昧なメッセージであることが多く、その実例として解釈されたようですね。モーガンは、皇太子の一連の発言は「何かを書く」という行為一般にまつわる世間話だったのでは……と考えているようです。そして堂々と「タンポン・ゲート」の事件も書いてしまったという(笑)。
ただ、モーガンはスキャンダラスな真実を世間に晒して、「チャールズって本当はこういう一面もあるんだよ」と世界に訴えたいというより、ドラマでも出てきたけれど、王政という「システム」の中で翻弄され、苦悩する普通の人々として、王族を描きたいのだな、と感じましたね。
――ドラマの中で、ダイアナ妃は「カミラと不倫中のチャールズから、酷い扱いを受けている」と訴えるインタビュー番組に出演することになりましたが、出演をやめさせようとしたフィリップ殿下の“対決”シーンがありましたよね。あの中でも、「(王政という)システム」という言葉は印象的に用いられていました。
堀江 非常によいシーンでしたが、史実では両者にそういう対話があったという記録はありません。ただ、チャールズ皇太子からモーガンが受け取った「曖昧なメッセージ」に代表されるように、ドラマでは徹底して、「王族たる者、自身の感情や意見は抑えに抑えろ」という王室に伝わる“教え”が説かれていますよね。まさに王冠(=クラウン)を構成する貴金属や宝石のように、個人の心の中で何が起きていようとも、王族たる者、公明正大、堂々と振る舞いつづけなさい、と。
第3シーズンの名シーンですが、エリザベスがベッドで寝込んでいる妹のマーガレット王女を訪問して、「私(エリザベス)が即位した頃、イギリスはまだ偉大だった。でも今は……(違ってしまった)」と嘆きます。
しかし二人は「私たち(王族の仕事は)はひび割れに紙を貼ること。私たちのすることが派手で壮大で自信に満ちていれば、私たちの周りが崩壊していても誰も気づかない」などと会話するわけですが、実際、王族たちが、そういう頭でっかちな「王族論」を語り合ったりすることってあるのかな? それも体調不良の妹をお見舞いした席で語ることかな? とは思いつつも、王族という“特殊な職業”についてうまく表現できているシーンだな、と感じました。
――個人の感情など後回しで、公明正大さだけを期待され、それに翻弄される王族の姿は『ザ・クラウン』の見どころですよね。第5シーズンでもその手のエピソードで気づいたことはありますか?
堀江 あまり話題にはなりませんでしたが、これまでのシーズンで、もっとも深刻なシーンが含まれていたかもしれません。親戚を見殺しにして、それによって英王室の安定を試みる話がサラッと出てきているんですよね。エリザベス女王とフィリップ殿下がロシアを訪問し、1918年に革命勢力の手で惨殺されたロシア皇帝のロマノフ一家を追悼する儀式に参加したシーンを覚えておいででしょうか。私はこれこそが、『ザ・クラウン』第5シーズン最大の問題だったのでは、と考えています。次回につづきます。