こんにちは、元闇金事務員、自称「元闇金おばさん」のるり子です。
貸金業者を利用するお客さんのほとんどは、法人個人の関係なく、公庫や銀行から融資を受けられない人ばかりです。また、金融業者をはじめ、不動産業、風俗業、飲食業、芸能事務所など、公的な金融機関では信用取引が難しいとされる業種もあって、そうした方々も私たちのような街金融を利用されていました。
融資依頼の申込書を基に、代表者の信用情報を問い合わせれば、サラ金や大手商工ローン会社を複数利用する多重債務者ばかり。いくら審査が甘い街金融であっても、信用取引などできる状況にありません。特に、私の勤めていた会社は、都知事登録業者ながらも法定金利以上の金利を徴収していたので、まっさらな客が来ることは滅多にありませんでした。
その一方、連帯保証人として名前が挙がってしまう方の信用情報は真逆で、直近に複数回の信用照会があっても、利用履歴や貸付残高がない方が多かったと記憶しています。短期間に複数回の信用照会を受けている事実は、この連帯保証人での借り入れを複数社同時に申し込んでいる事実を示します。
「この保証人をつけたら、いくら借りられるのか」
資金繰りに窮した多重債務者が、連帯保証人候補の名前と生年月日が書かれたメモを片手に、複数の会社に打診しているわけです。そのような人の信用情報に接するたび、人生崩壊の入口を見た気になりましたが、取引を断るわけにもいきません。いずれ、私たちに大きな利益をもたらしてくれるのは、こうした連帯保証人の有する資産なのです。今回は、有名女優の長男を名乗る芸能プロダクションの社長が、複数の連帯保証人を残して行方をくらました時のことについて、お話ししたいと思います。
「母は大女優」芸能プロダクション経営者が「300万円」を借りに来た
「この田中社長、とある大女優の息子さんなんだ。ほら、あの夫婦で温泉につかるCMに出ていた昭和を代表する有名な女優さん。社長も、わかるでしょ? いまは、ゴルフ場開発と芸能プロダクションを経営されていてね。運転資金として300万ほど用立ててもらいたいんですよ」
入社から1年ほど経過した頃、金田社長お抱えのブローカー(顧客の資金繰りを手伝って手数料を取る人たちのこと、紹介屋)である佐々木さんが、50歳くらいに見えるスタイルの良いお客さんを連れてきました。もう70歳近いだろう佐々木さんは、体が大きく脂気の強いガマガエルのようなタイプの人で、社長と長年の付き合いがあることを楯に偉そうに振る舞うことから、私はもちろん従業員のみんなからも嫌われています。
特に、伊東部長の持つ佐々木さんに対する拒絶反応は強く、あいさつも返さない間柄になっていました。それを知っている社長は、イケメン営業マンである佐藤さんを脇侍において対応されます。
「田中と申します。こちらが、ご指示された申込書と決算書、それに自宅の不動産謄本です」
資料を受け取り、早速に信用情報を照会された佐藤さんが、排出されたレシートを手に言いました。
「やっぱり目一杯つまんでいるよ。ブロ―カー使って、自分から資料持ってくるヤツに、信用で貸せるわけがないよな」
ブツブツ言いながらも、さわやかな笑顔で応接室に戻った佐藤さんが、田中社長の信用情報が記載されたレシートを手に商談を進めます。佐藤さんが席を外している間、少し前に亡くなられた大女優の実子だと社長に告白した田中社長は、とある女性タレントと交際している時、写真週刊誌に撮られたことがあるのだと自慢気に話していました。
「融資希望額を満たすには、ある程度強い連帯保証人さんをご用意いただかないといけません。不動産持ちが条件になりますけど、お心当たりはありますでしょうか?」
「ウチのタレントで、いいとこのお嬢ちゃんがいるから、ちょっと頼んでみますよ」
翌日、グラビアアイドルとして売り出し中の女性が、保証人候補に上がりました。その方の名前と生年月日を打ち込んで信用情報を取得すると、すでに数件の信用照会が入っています。所有しているとされた自宅不動産は都内の一等地にある商業ビル一棟ですが、家族との共有名義で、本人の持ち分は4分の1しかありません。揃った書類をまとめて佐藤さんに渡すと、その結果を稟議書にまとめて社長の決裁を仰ぎます。
「乙区(不動産謄本の所有権以外の権利を示すページ)がサラ(不動産担保による借り入れなどがないこと)でも、この女だけでは出せないな。名義人全員の書類が入ったら、満額出してやるって伝えとけ」
社長室から出てきた佐藤さんは、すぐ佐々木さんに電話をかけて、その結果を早速に伝えました。
「100万でもいいから、この女で出してくれないかと、佐々木が言ってきています。いかがしましょう?」
「こいつ、すぐ飛ぶぞ。佐々木も(連帯保証人に)入れて100万。それでいいなら、やってやれ」
ギャル文字で書かれた連帯保証契約
契約当日の朝一番、待ちきれないといった様子の佐々木さんが、田中社長と露出度の高いブルーのワンピースを着たスタイルの良い女性を連れて来社されました。どことなく小池栄子さんに似ている気の強そうな女性です。事務所に入ってこられた途端、甘く淫靡な香水の香りが事務所内に充満すると、男性社員の視線が小さな顔の下にある大きな乳房に集まりました。
人目を気にすることなく、いちゃいちゃと腕を組んで来社されたところを見れば、田中社長の恋人なのでしょうか。何を言うにも、甘え口調で話す女性の振る舞いに軽薄さを感じます。
「失礼いたします。いらっしゃいませ……」
応接室にコーヒーをお持ちすると、あろうことか憧れの佐藤さんまでデレデレと上気した顔で接客されており、この女性のことがますます嫌いになりました。でも、さすがは芸能人。その美しさは目を見張るほどで、周囲の男が骨抜きになってしまうのも無理のないことと思い直します。
(あの人、子どもみたいな字を書くのね……)
契約終了後、債権書類をファイルに閉じていると、連帯保証人欄にある彼女の署名が目に入りました。住所氏名共に、いまでいうギャル文字で書かれており、きちんと契約内容を理解されていないであろうことが伝わってきます。2カ月後、その予感は、図らずも的中することとなりました。
「社長。佐々木の紹介で出した田中社長、電話が止まっていて連絡が取れません。債権は100万です」
「佐々木も連絡取れないか?」
「はい。全然電話に出ないので、保証人の女に連絡したところ、2日前から社長と連絡が取れず心配していると。佐々木とは連絡を取る間柄になく、なにもわからないそうです」
「飛んだな。佐藤と藤原は、女のところに行ってこい。小田は、債務者(田中社長のこと)の事務所と自宅の確認だ。伊東は事務所に残って、不動産登記を進めるように。俺は、佐々木に連絡を入れてみる」
社長の指示をホワイトボードに書き出し、保管庫から書類一式を取り出した伊東部長は、全員が出払ったところで言いました。
「佐々木みたいな質の悪いブローカーを使うと、ろくなことにならないんだよな。言わんこっちゃないよ」
しばらくすると、連帯保証人のところに向かった藤原さんから連絡が入り、進捗状況が報告されます。
「本人と会えて話ができました。まだ接触はないみたいですけど、ウチのほかに3社ほど名前を書いちゃっている(他社でも連帯保証人になっているという意味)ようなので、とりあえず車を預かる方向で話しています」
「一番でよかったじゃない。車は何? 評価、足りそう?」
「はい、とかし(ローン中などで名義変更ができない車のこと。金融車ともいう)ですけどポルシェなので、大丈夫かと」
それからまもなく、ポルシェの車検証と、車両の詳細(車種、色、走行距離、装備、傷の有無など)が、コンビニのファックスから送られてきました。その資料を、とかし屋(名義変更できない車を闇で売買する業者のこと)の井上さんにファックスして、早速に買取評価額を出してもらいます。
「ちょっと状態が悪くても250万円、問題なければ300万円で取りますよ」
佐藤さんの席に座って一連のことを把握しながら、何度も執拗に佐々木さんの携帯電話を鳴らし続けていた社長が、電話を切って言いました。
「女で取れるなら、それでいいな。もう田中と佐々木は放っておこう。小田も引き上げさせろ」
会社に戻るよう小田さんに連絡を入れると、ちょうど田中社長の自宅に到着したところのようで、夜逃げしているのが明らかな状況だそうです。
それからまもなく、連帯保証人の女性が、佐藤さんたちに連れられて来社されました。いきなりのことで、出かける準備ができなかったのでしょう。ノーメイクのスウェット姿でこられましたが、相当な美形であることは変わりません。今回は、車両を担保に金を貸し付け、田中社長の債務を弁済させる形なので、女性との間で新規契約同様の手続きが行われます。スウェットを着ているため、魅力が半減しているのか、この日の男性陣は鼻の下を伸ばすことなく、事務的に処理を進めていました。
男性社員とグラドルが乗った担保のポルシェはホテルへと消えていった―――
「その状態で電車に乗るの、嫌ですよね? これで仕事も終わりだし、僕も同じ方向だから、よかったら自宅まで送りますよ」
「本当ですか? 助かります!」
佐藤さんからの提案に、揉み手をして、うれしそうに応じる女の様子を目の当たりにして、言い知れぬ憎悪を抱いたことは言うまでもないでしょう。
「明日、全額決済しますから、預けているクルマを用意しておいてください」
数日後、ポルシェを担保に取られた連帯保証人の女性から、全額決済する旨の連絡が入りました。車担保のお客さんは上客とされるため、決済時には機械洗車をしてからお返しすることになっています。ところが担当の佐藤さんは、高級車だからと手洗い洗車を選択し、ガソリンまで満タンにして返却するサービスぶりを見せました。どこかうれしそうに決済の段取りをする佐藤さんの様子が、いちいち怪しく、気に入らなかったことを覚えています。
「こんにちは」
大きく胸元を開いた白のタンクトップに、淡いグリーンのシャツを羽織って来社された女性は、佐藤さんの姿を認めると友達に会ったような感じで小さく手を振りました。初回契約時と比べれば、2人の雰囲気から随分と関係が深まっているのは明らかで、ゲスな話ではありますが男女の関係さえ疑ってしまうほどです。
「ほかの保証先には弁護士を入れました。ここのことは内緒にしています」
「なんで内緒に?」
「いろいろ教えてくれて、良くしてくれたからですよ」
その数日後、出社するべく事務所前の道を歩いていると、前方からきた真っ赤なポルシェが対面にあるホテルの駐車場に入っていくところを見ました。女が運転する車の助手席には、あろうことか佐藤さんの姿があって、しばらく呆然とした次第です。
※本記事は事実をもとに再構成しています
(著=るり子、監修=伊東ゆう)