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「漢方は自然だから安全」は本当? 中医師×西洋医学医師が対談

ByAdmin

8月 10, 2021

 漢方は自然だから安心できる。漢方のベースとなる気血水(き・けつ・すい)の考え方では、めぐりをよくするためにとにかく温活が重要ーートンデモと呼ばれる、科学的根拠(エビデンス)のない健康法・美容法の世界では基本、漢方が大人気。でも実際に「自然」なのでしょうか? トンデモ健康法や極端な自然派生活を支持する人たちはなぜ、西洋医学(標準医療)を疑う一方で漢方を無条件に信頼しているのか? そんな疑問を解消するヒントを探るべく、西洋医学を扱う医師と、中国の伝統医学である「中医学」を専門とする中医師であるおふたりに、「漢方談義」を行っていただきました。

 西洋医学を扱う側には、当連載でもおなじみの桑満おさむ先生。著書に『"意識高い系"がハマる「ニセ医学」が危ない!』 (扶桑社BOOKS)もある、トンデモウォッチャーとして名を馳せる存在です。

 中医学の専門家には、中医師の村木亜ゆみ(仮名)さん。「中国で中医師の資格を取ったものの、日本の医師免許を持たないため治療はできず、漢方関係の仕事に携わりながら、細々と漢方の話をネットに書いています」。

桑満おさむ(くわみつおさむ)<
五本木クリニック院長。ニセ医学バスター。1986年横浜市立大学医学部卒業後、同大医学部病院泌尿器科勤務を経て、1997年に東京都目黒区に開院。“日本一の町医者"を目指し、地域密着型のクリニックを展開。趣味として、趣味的に疑似科学・ニセ医学ウォッチングし、エビデンスを用いた解説をブログ等で発信している。著書『“意識高い系"がハマる「ニセ医学」が危ない!』(扶桑社)。桑満おさむの院長ブログ

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――ではさっそく、巷でよく言われるように、漢方は「自然」なのでしょうか?

村木:そう思う人が多いのは、単純に「草を煮る」というイメージが大きいからじゃないでしょうか。でもまず、自然が安全だという考えそのものが間違いです。SNSなどで「植物だから漢方は安全です」という書き込みがあると、「附子(ぶし)は違いますけど」と必ず返してしまいます。附子とは、トリカブトのこと。死に至るレベルの毒性があるのは有名ですよね。ある人が、抗がん剤の治療中に手がしびれる副作用が出て、牛車腎気丸(ごしゃじんぎがん)を勧められたそうなんです。そうしたら、トリカブトが入ってる! と憤慨していました。もちろんトリカブトと言っても、漢方薬は加熱することで毒性を減弱してあるので、安心して使えます。また漢方は植物だけでなく、水ヒルやセミの抜け殻やといった動物薬、鉱物類や水銀などもありますしね。動物薬は生臭さを取り除くために特殊な加工を施してあります。大学で、水ヒルの臭みをとる加工実習は悪臭との戦いでしたよ(笑)。臭くてゲロゲロです。

――その「加熱して(火を通して)使えるようにする」というのは、いわゆる化学変化ですよね。それでも、素材が自然であればOKとされているのでしょうか。しかし砂糖や塩など、加工して精白してあるものは「自然じゃない」と嫌われる。ついでに自然派が大好きなアロマ(精油)も、化学物質の塊だと思います。漢方だけ、なぜ受け入れられるのでしょう。

村木:おっしゃるとおり、使えるようにするために、化学変化を利用しています。ですから「植物だから自然」という主張は、ただのイメージでしかないことがよくわかりますよね。漢方は自然のものが原料だけど、人工的に加工されています。

桑満:おそらく漢方は、自分たちのじいさん世代が使っていたもの、古きよきものというイメージがあるんじゃないでしょうか。オールウェイズ、三丁目の夕日みたいなノスタルジー。そうなると「昔はこんなにワクチンたくさん打たなかったのに、今はおかしい」「自然にかかってなおしてたのに」みたいになってしまう。あとは大手の漢方会社が、漢方は自然ですみたいのをウリにしたのも関係していそう。やさしく効くというイメージを強調した。

中国における「中医学」は?
村木:私たちが扱う中医学は基本、気や経絡といった目に見えないものを扱っています。そのあたりがミステリアスに思われがちで、中医・漢方を恣意的に取り入れているトンデモな主張も何となくのイメージでで納得してしまう部分もあるかもしれません。

桑満:僕は本当は、その謎めいた部分が好きですけどね(笑)。自然というエピソードなら、19~20世紀の科学者フリッツ・ハーバーがすごい。空気中から窒素を固定し、アンモニアを合成する技術を生み出した。それによって化学肥料が作られ食糧事情を支え、またその技術によって塩素ガスが作られて兵器にもなった。空気から作っためっちゃ自然である物質が、人を助けると同時に殺すことにもなるという。

――自然を重要視する人に、自然の定義を聞いてみたいですね。

村木:自然信仰というと、日本では大麻信仰なんかも根強いなと思います。西洋医学に対する不信感も、ありそうですね。妻ががんと言われ「どうしてこうなったんですか?」と医師に聞いてもわからなかったという男性がいて、だから玄米菜食で治そうと、化学治療しないことを選んだなんて話もありました。そしてその治療の過程を、講演して回るという沼に入ったみたいですが……。そういった話を聞くと、漢方薬にアドバンテージを求める理由に、はっきりした根拠はだぶんないのだろうと思いますが。

――現在の日本の「漢方」は、独自に発展した伝統医学ですよね。どのような経緯があるのでしょうか。

桑満:今の日本は医薬分業といって、医師が薬の処方をし、それに基づいて薬剤師が調剤をすることになっているけど、昔は「薬剤師」という考えがなく、薬も医師が調合していた。こう、道具でゴリゴリ~って細かくして薬を加工して、それで大きな利益を得ていたんですよね。そして内科が本流で、外科は邪道な扱い。そこから江戸後期に西洋医学が入ってきて、明治に急激に西洋思考になり、漢方を時代遅れだと拒んでしまった。だからこの国の医学の歴史を考えると、中国の伝統医学こそが、本流だよなと思います。

GettyImagesより
村木:そうですね。現在の漢方は仏教伝来のころに中国から伝わり、中国と国交がなくなった時期に独自に発展してきました。江戸時代の終わりに西洋医学が持ち込まれ、その後、文明開化による西洋化や、富国強兵策を進めなくてはならない時代になり、負傷者の治療や感染症に効果を素早く発揮する西洋医学はそこにマッチしてしまった。そして「治療効果が高い西洋医学素晴らしい! 漢方廃止」という動きが出てしまった。その過程は漢方の発祥である中国も同じで、西洋医学が入ってくると即効性に注目が集まり「中医はもう廃止すべきではないか」という意見も出たんです。でも昔から使ってきたし、西洋医学は流通の問題で薬価が高くなる。今でも「やっぱり中医じゃないとイヤ」という人もたくさんいて中医で治療をしようという人が多数いるんです。庶民の医療みたいな。ただ今は生薬の値段が上がってきていて、庶民のものだという感覚ではなくなりつつあるようです。

中医学と西洋医学の共存
桑満:日本における漢方の問題は、田中角栄が首相だった1970年代、日中国交正常化の手土産に、漢方を医薬品として保険適用したことじゃないでしょうか。本来だったら絶対に必要な治験とかをしないといけないのに、当時はそれをせずに通常医療に組み込んだ。そこは大失態だとは思います。でも基本、私はおばあちゃんの知恵袋とか、自分で作った秘薬を出しちゃうような田舎の昔の医者とか、いろいろなものが入り乱れたのどかな感じは好きなんですよ。今みたいに「どちらがよくない!」とか言い合うのではなく、漢方と西洋医学がうまく共存していた時期もあるんじゃないかと。特に中医は哲学みたいなところもあるので、文化的・社会的な面も研究せざるを得ない。不老不死の伝説があったり。そんな部分も含めて、真っ当に扱っていればすごく面白い。ところがその面白い部分を、ビジネスチャンスにしてしまうのが、困った点です。トンデモさん発生の、ひとつのパターンじゃないのかな。

漢方は今はそれなりに需要がありますが、私が医師免許を取ったばかりの時代は、まったくと言っていいほど需要がなかったんですよ。そんな時代に、医師のあいだで漢方研究会という部活みたいのがあった。そこに参加していた人たちは、ふたつの道に分かれましたね。そのひとつが、金儲け。たとえば、過激な発言で有名なうつみん※なんかも、入り口が漢方じゃありませんでしたっけ? 実際儲かってるかどうかまでは、知りませんが。コロナの予防に効くと言って、本来治療薬である漢方薬を売っていた漢方医もいましたね。もうひとつは医療制度に疑問を持っていて、理想の医療を目指す純粋な気持ちから、共産党系の病院へ行く道でした。

※内海聡医師の愛称=陰謀論、反医療を主張することで知られる内科医・漢方医。コロナのワクチンを危険だと主張し、Amazonで著書が取り扱われなくなったり、SNSのアカウントが停止されたりするなどの処分が下されているが、一部熱狂的な信者が存在している。

村木:そういう法外な金儲けに使われる漢方って、紹介システムとかでよくできてるんですよ。私のお友だちの、お金持ちのマダムのところには「中国から特別な方法で予防薬を取り寄せました!」なんていうDMが来たそうです。でもそれは向こうで治療に使っている薬なので、本来は病気にかかってから服用するもの。予防に使おうなんて、そのうち健康被害も出るのではと心配していました。

桑満:でも、正直ビジネスセンスはあると思いますね。旬の話題をすぐに取り込んで。そうやって漢方を適切じゃない広め方をする人たちはおそらく、コンサル会社もかかわっているのでは。真面目な漢方業界の邪魔しているわけですよね。そりゃ、中国で中医学を習得しても日本の医師免許を持っていない中医師や、日本の薬剤師免許を所持していることが前提の漢方薬・生薬認定薬剤師……いわゆる漢方薬局の相談員でも、法律上「治療」ができないため、医師免許を持っている人の扱う漢方治療のほうが偉いような気がしてしまう。それをあえて狙っているような吹き溜まりで、真っ当な医療なんて成り立つわけがない。たとえば、専門医を名乗れる最低限の経験しか積んでないうえに、漢方医に走るようなケース。それは西洋医学の世界から見ても漢方の世界から見ても、中途半端な存在に思えます。上にも下にも右にも左にもコンプレックスがありそう。そういう部分って、怪しいコンサルや反社などに入り込まれる隙が生まれると思いますよ。中医学には本来、西洋医学のエビデンスとは違うけれども、積み重ねてきたものがある。それなのに、フワッとしたイメージだけを受け入れると、トンデモが入り込んでしまうのでは。

漢方にトンデモが入り込む構造
村木:西洋医学は信じません! といった極端な人もいますけれど、どちらともいい付き合い方ができるといいですね。特に上海では「中西結合」と言って、中医学と西洋医学のいい所を取り入れましょうというスタイルの病院もあるんですよ。

桑満:日本にもあるのですが、それをやっている一部のたちが「統合医療」という方向に走り、トンデモ傾向が強くなりがちです。漢方には漢方のよさがあるけれど、ミステリアスな部分をウリにしていたり、無理に西洋医学と結び付けて説明しようとするようなものは、怪しいものが多いように思えますね。

村木:そうなんですよね。中医学には気血の通り道である経絡という言葉がありますが、よく質問されるのは「経絡って、要するにリンパですか?」。私たちは「違います。経絡です」と回答しています。「もしかしたら似たような働きがあるかもしれないけれど、私たちは経絡と呼ぶんです」とお伝えしています。別モノなんですよね。経絡もまた見えないものだから、変な人たちに利用されていたりするし(苦笑)。

桑満:昔、断食療法で有名な某医師が、朝日新聞からエビデンスを問い詰められた際に「これは東洋医学の考え方だからエビデンスはない」と言い切った。その療法の良し悪しはさておき、中途半端に西洋医学と漢方の外面をごっちゃにしてふんわりミステリアスにしてしまうよりは、西洋医学で言われるエビデンスはないけれど、積み重ねのある伝統医学の考えであると言い切るほうがまだマシだと思いました。なんとなくふんわり漢方的なエッセンスだけ取り入れているような健康法は、やはりトンデモ率が高いですよ。その人の主張するものが、漢方や中医学の概念をベースにしているのか、西洋医学のものなのか、それともまったく関係ない独自の考えなのか。そのへんがはっきりわかるものは、内容についてはさておき、誠実さを感じます。

村木:「気血水のめぐりが大事だから、めぐりを促すために温めましょう!」なんて女性向けの情報がたくさんあります。確かに中医学でも漢方でも気血水のめぐりは健康の基本ですし、冷えは大敵、なんなら「子宮が冷えている」という言い方もしています。ただ、ほかの中医師曰く「中医学はみんな違ってみんないい」という考えなんです。体質は人それぞれなので、一様に温めればいいわけではありません。熱がこもる体質の人もいますので、温めたら逆効果の場合も。これさえやればみんな同じように効果が出る! というようなものに飛びつく人が多いでしょうけど、漢方や中医を謳いながらそれをやっていたら間違いなく怪しいと思っていいでしょう。

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 体質診断! あなたはどのタイプ? みたいなお手軽チャートを載せた漢方健康法なども星の数ありますが、そんなに簡単な世界ではなかったよう。そして漢方=自然という主張は、怪しさの代名詞みたいなものでありました。まだまだ謎が深い漢方とトンデモの親和性。またいろいろなテーマで、このおふたりにお話を聞いていきましょう。

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