私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。
<今回の有名人>
「奥さんキレイでアナウンサーで、『紅白』の司会で、すごろくでいったらあがり」とんねるず・石橋貴明
YouTube「貴ちゃんねるず」(11月4日)
ダウンタウン・松本人志が『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)で、『NHK紅白歌合戦』の“謎イベント”について明かしたことがある。松本いわく、同番組初出場の歌手が集められ、番組のスタッフと面接を行うといい、そこで「おめでとうございます」と祝いの言葉をかけられるそうだ。
この「おめでとうございます」は、「『紅白』に出られてよかったですね」と同義といえるだろう。確かに演歌歌手が、「『紅白』に出ると地方営業のギャラが1桁違う」とか、「『紅白』に出たら歌手として一人前と認められる」などと、いろいろな番組で言っているのを聞いたことがあるから、『紅白』は歌手にとって憧れの番組であり、そこに出ることはステイタスといえる。
歌手だけでなく、『紅白』の司会も、芸能人にとっては特別な仕事らしい。
YouTube「上沼恵美子ちゃんねる」で、本人が語ったところによると、彼女は39歳の時に、NHKから紅組司会のオファーを受けたという。NHK側に「司会を受けると確約しなければ、白組の司会を教えることはできない」「家族にこの話をしてはいけない」と言い渡されたそうだが、大阪で夫と子どもと暮らしている上沼が、東京のNHKで仕事をするためには、家族の了承を得る必要がある。「家族に話してはいけない」という約束は守れないと、上沼はあっさりオファーを断ってしまう。するとNHKは、まさか断られると思っていなかったらしく、「夫にだけは司会の話をしてもよい」と譲歩してきたそうだ。
NHKの“上から目線”もすごいが、さらに驚いたのは、上沼の夫の反応だ。夫は常日頃、亭主関白で、仕事の際は「東は滋賀、西は姫路まで」と東京進出を禁じていたものの、上沼が『紅白』の話をしたところ、黙り込んでしまい、翌日には「行ってきたらどうですか」と言ったとのこと。このエピソードを聞くと、『紅白』の司会がどれだけ特別な仕事かがわかるというものだろう。
そんな『紅白』の司会だが、今年は有吉弘行、女優・橋本環奈、浜辺美波が抜てきされた。初司会の有吉は、「今まで司会をされた中で一番小ぶりだと思いますが、すごく光栄だし、うれしいです」と素直に喜びをにじませるコメントを発表していたが、別の意味で喜んでいる芸人がいる。とんねるず・石橋貴明だ。
11月2日、石橋のYouTube「貴ちゃんねるず」で公開された動画に、漫才協会会長のナイツ・塙宣之が出演。ともに関東出身で活動拠点が東京の芸人であることから、東京の事務所に所属している芸人が活躍しているとうれしいという話になり、石橋は有吉が『紅白』の司会に決まったことについて、「もともとは広島? 東京に来て、それで『紅白』の司会ですよ。すごいですよ、この並みいる芸人、タレントがいる中」「いいニュース」と話していた。
そして、こう付け加えてみせた。「奥さんキレイでアナウンサーで、『紅白』の司会で。すごろくでいったらあがり」。
「トロフィーワイフ」という言葉がある通り、妻を“自分の成功の象徴”のように考える人はいる。芸能人が売れると、一般人の糟糠の妻を捨てて芸能人と結婚するのは、芸能界の仕事を理解してくれるという面もあるだろうが、「売れたのだから、人に憧れられる芸能人を妻にしたい」という気持ちがあってこそのことなのかもしれない。
石橋自身も、最初の妻は一般人だが、再婚相手は人気女優・鈴木保奈美だった(離婚と再婚の時期が近いこと、保奈美が妊娠していたことから、不倫略奪婚ではないかという見方もあった)。保奈美との結婚会見の際、男性レポーターに「きれいな女優さんと結婚できてうらやましい」と祝福の言葉をかけられた石橋は、「神様に感謝します」と答えていた記憶があるが、人気女優を妻にするというのは、男性にとって最高のステイタスなのかもしれない。
そのため、石橋が有吉を祝福する際に「奥さんキレイでアナウンサーで、『紅白』の司会で……」と、社会的な条件を挙げる気持ちはわからないでもないが、今の時代、この発言はどうにも“古い”と感じてしまう。それに「すごろくでいったらあがり」という発言は、ちょっと違うのではないかと思った。
石橋と保奈美のこれまでを振り返ってみよう。『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)出身のとんねるずは、「部室芸」と揶揄されながらも、数々のレギュラー番組を獲得し、高視聴率を記録していく。一方の保奈美もドラマで主演を務める若手のトップ女優だった。その2人が結婚し、保奈美は芸能界を引退。2人の間には3人のお子さんが生まれ、当時は順風満帆だったのだろう。
しかし、子育てが一段落した保奈美は本格的に女優復帰し、どんどん仕事を増やしていく。一方の石橋は、コンプライアンスを無視した笑いが受け入れられない時代となり、レギュラー番組が次々と終了。この頃から週刊誌で、石橋による保奈美への束縛グセや離婚の可能性が取り沙汰されるようになった。
実際、『石橋、薪を焚べる』(フジテレビ系)が終了し、石橋の地上波での番組がなくなった数カ月後に離婚を発表。離婚の原因は他人にはわからないし、離婚が“人生の失敗”というつもりはない。
ただ一ついえるのは、社会的名声は永遠に続かないということ。私なら、そういうときにこそ、「家族に支えてほしい」と思うが、社会的名声にあぐらをかいて家族を大事にしてこなかったり、反対に配偶者が社会的名声に重きを置くタイプだった場合はどうなるか。家族は社会的名声を失った人に見向きもしなくなるだろう。そう考えた場合、社会的名声を手に入れても、家族がいても、「すごろくでいえばあがり」とは言い切れないと思う。
古代ギリシアの哲学者・ヘラクレイトスは「万物は流転する」と言ったが、有形無形のものを含めて、変わらないものはないといえるだろう。だが、多くのものを手に入れてきた人ほど、変化を認めたり、受け入れることが苦手なのかもしれない。
元妻である保奈美が、女優として精力的に活躍しているだけに、比べてしまっているのかもしれないが、一世を風靡した人が時代に合わせて変わることの難しさを見せられた気がした。