• 日. 12月 22nd, 2024

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明日あなたが被害にあうかもしれない

不動産転売のホスト風青年に踊らされた女――闇金社員が見た、その悲劇的末路

 こんにちは。元闇金事務員、自称「元闇金おばさん」のるり子です。

 昨今、株式相場と国内不動産価格の上昇が著しく、バブル期のことを思い出す機会が増えました。当時、私が勤めていた貸金業者の従業員やお客さんも、株式や絵画、不動産、ゴルフ会員権など、自分の好みに合わせた投資に励んでいたのです。

 なかには、当社で借りた高利資金を頭金にワンルームマンションを仕入れて、まもなく転売して利益を図る人たち(ブローカー)もいました。他人のふんどしで、いかに楽をして金を稼ぐか。当時のお客さんは、そんな人たちばかりで、みんなが詐欺師に見えたものです。今回は、バブル期に起業し、まもなく夜逃げした青年社長についてお話ししたいと思います。

お坊ちゃま社員「スピー君」の初仕事

「設立からまもない不動産屋なんですけど、社長の人柄もいいですし、いい保証人が出てきたので検討していただけないでしょうか」

 あれは、時代が平成に入って、まもなくのことでした。入社から3カ月ほど経過しても、いまだ新規契約の取れていなかった新入社員の大橋さんが、ようやくアポの取れた不動産業者から申し込みが入ったと伊東部長に相談しています。

 北関東にある某金融会社(高利)社長の、ひとり息子だという大橋さんは、当時26歳。厳しい取り立てをすることで評判の金田社長のところで修業をすれば立派な跡取りになれると、父親の紹介で入社したお坊ちゃん社員です。

 大学まで伝統派空手の有力選手だったそうで、とても大きな体をしていますが、常にボケっとしているため、まるで強そうに見えません。北関東から片道2時間かけて通勤してこられる上、持病に蓄膿症を抱えておられたこともあって、いつも眠たそうにしているのです。

 実際、テレアポ中に受話器を持ったまま「スピー、スピー」と笛の音に似た鼻鼾をかいて居眠りしてしまう毎日で、いじわるな藤原さんから「スピー」というあだ名まで付けられていました。

「キミは稼ぎがない上に、交通費も高いから、そろそろ利益を出さないといけないよな」
「はい、申し訳ございません」
「立派な跡取りになるんだろう? 受話器片手に居眠りしている時間はないぞ」
「はい、申し訳ございません。以後、気をつけます」

 定期的な売り上げが見えない不動産業者は、飲食業や風俗業と同じく、貸付禁止対象業種です。いつもなら門前払いされるレベルの話ですが、この頃は景気が良く高利資金の需要者が減っていたため、優良企業に勤めていたり、不動産名義を持つなど強めの連帯保証人を用意できた先に限って窓口を広げていました。

 つまりは、連帯保証人の収入や資産を目当てに貸し付けるわけで、主債務者である企業の業績などは関係ありません。いま思えば、このような貸付が横行したことが、空前の闇金ブームを引き起こしたように思えます。

 今回の申込人は、起業したばかりだという30代前半の森谷社長。物件持ちの薬剤師だという女性を連帯保証人に立てるので、物件購入資金を用立ててほしいというものでした。融資申し込み金額は、2300万円。その資金でY市内にある私鉄駅前のワンルームマンションを購入したいそうで、すでに客はついているから高めの金利を支払っても問題ないという話です。

「不動産ころがしに金を出すのは好きじゃないが、いろいろ勉強になるだろうから、やってみろ。で、その薬剤師と社長は、どんな関係なんだ?」
「親しい友人と聞いています」
「信用情報は?」
「本人はブラックですが、保証人は該当なしです」

 該当なしとは、貸金業者の申し込み歴すらないことを指し、連帯保証人としては最高の状態です。担保物件の買取評価は2000万円ほどしかありませんが、連帯保証人の状態が良いため、足りない分の300万円は信用融資で実行することになりました。不動産担保の分は、年18%、信用分は月6%の金利で貸し付けます。

「おそらくは愛人関係だろう。ほかの保証をさせないよう、きつく釘を刺しておけよ」

初回利払いからバブルのように消えた若社長

 契約当日。いつもお世話になっている司法書士の先生を呼んで事務所で待機していると、背が高く、ベテランホスト風の森谷社長が女優の樋口可南子さんに似た連帯保証人・後藤さんを伴って来社されました。森谷社長のことを完全に信頼しきっている様子の後藤さんは、あいさつもそこそこに、次々と差し出される書類の題目すら確認することなく署名捺印をこなしていきます。

「お2人は、どのようなご関係なんですか?」
「長年の親友といったところでしょうか。いつも仲良くさせてもらっています」

 まるで婚約会見ではにかむ芸能人のような振る舞いで、一歩間違えれば地獄行きとなる数々の債権書類に実印を押していく2人の姿は、能天気そのものといった雰囲気で愚かしく見えました。

 1カ月後。すぐに売却決済できると話していた森谷社長の目論見は外れたようで、初回の利払いから遅延する事態を引き起こします。1カ月分の金利は、新規契約時に手数料などと併せて天引きされるため、事実上、これが初回の利払いなのです。

「連絡取れたか?」
「いえ、会社と自宅、それに車(自動車電話のこと)も、全部留守電です。ポケベル(ポケットベルのこと)も鳴らしているんですが、折り返しはありません」

 連帯保証人である後藤さんの信用情報を確認すると、このひと月のあいだにサラ金4社と新規取引を始めており、直近の照会が8件も入っていました。

「初回から連絡なく飛ばすなんて、随分と舐められたもんだな。回収に入れ」

 ヤクザのごとくメンツにうるさい金田社長が、社員全員に向けて指示を出すと、あっという間に回収部隊が形成されてホワイトボードに書き出されます。

 担当の大橋さんは伊東部長と会社、強面の藤原さんと空手有段者の小田さんは社長の自宅、イケメン営業マンの佐藤さんと私で連帯保証人である後藤さんの自宅兼薬局に向かうことになりました。

 保険屋の祥子さんの1件以降、女性相手の回収には女性が必要という原則が生まれたようで、至極当然といった流れで出動を命じられたのです。女性客相手にはイケメンが一番だと、佐藤さんも同じような理論で女性担当にされていました。

 保証人である後藤さんの自宅兼薬局までは、車で1時間半ほど。会社の下にあるコンビニで2人分のお茶とチョコレートを買い、デート気分で助手席に座って修羅場への道中を満喫します。

「ねえ、るり子さん。この2人、やっぱり男女の関係なんですかね?」
「さあ、どうでしょう? 雰囲気は満点でしたけどね。保証人さん、メロメロに見えましたよ」
「やっぱり? 保証人の旦那さんが出てきたら、なんて言おうかと悩んでいるんですよ」
「そんな修羅場は嫌ですけど、いずれバレることだし、はっきり言うほかないんじゃないですか?」

 午後6時前。現場に到着すると、まだ営業中らしく駐車場は一杯で、店内に数人のお客さんが見えました。少し離れたところに車を停めて、本人の所在を確認するべく2人連なって店に入った瞬間、ドスの利いた低い声で制されます。

「すんません、もう今日はおしまいなんですわ。申し訳ないですね」
「え? お店の方ですか?」
「関係者ですわ。今日は終わったんで、明日にしてもらえますか?」
「薬を取りに来たわけじゃないから大丈夫です。店主の後藤さんは、おられます?」

 すると、周囲にいた男性たちが一斉に立ち上がり、私たちを取り囲むと威圧するように間合いを詰めてきました。あまりに恐くて、自然と佐藤さんの腕にしがみついた私は、誰とも目を合わせないように下を向きます。

「あんたら、金貸しか?」
「だったら、なんです?」
「一歩遅かったな。ウチは、〇×総業や。ここはもう、ウチが入ったから、すぐに出て行ってくれるか」
「…………」

 顔を真っ赤にして、しばし相手方とにらみ合った佐藤さんでしたが、多勢に無勢でどうすることもできません。店を後にして、裏手にある自宅の方に回ってみると、すでに〇×総業と書かれた貼り紙が玄関扉に貼られていました。

「客は担当に似るというが、見事にやられたな」

 その後も結局、社長はもちろん、後藤さんと面会することはかなわず、とりあえずは担保物件の処分を済ませます。タイミング悪く値崩れしてしまい、担保物件売却後の残債務は600万円ほどになりました。

「客は担当に似るというが、見事にやられたな」
「申し訳ございません」

 その後の成績も芳しくなく、すっかり会社のお荷物社員になっていた大橋さんは、金田社長に嫌味を言われながらも出勤を続けています。

 数カ月後。開業医だという後藤さんの両親が弁護士と債務整理にあたられ、遅延利息も含めて全額決済してくれました。娘さんの消息を聞けば、サラ金で資金を作ってまでして大橋社長と駆け落ちしたものの、お金だけ取られて姿をくらまされたそうで、いまは実家に戻って療養中とのことでした。

「ひとり娘なのに離婚までさせられて、まったくとんでもない男に引っかかったものですよ。子どもがいなかったことだけが唯一の救いです」

 どこかうれしそうに語る老父を見て、いくつになっても娘は可愛いのだなと、大いに感心したことを覚えています。

 それからまもなく、蓄膿症の手術をするからと休みを取った大橋さんでしたが、復帰することなく退職されました。なんでもお父さんのところで仕事をすることにしたそうで、客は担当に似るという金田社長の嫌味を思い出した次第です。

※本記事は事実をもとに再構成しています

(著=るり子、監修=伊東ゆう)

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