私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。
<今回の有名人>
「吉本興業の方々もがんばれ!と背中を押してくださいました」ハリセンボン・近藤春菜
(12月27日、ハリセンボンスタッフ公式インスタグラムより)
お笑いコンビ・ハリセンボンが、吉本興業を退所し、ベッキーが所属する事務所・GATEへ移籍することを発表した。3年前から近藤春菜は吉本とエージェント契約、相方の箕輪春香はマネジメント契約という形で活動してきたが、結成20年という節目もあって、足並みをそろえての退社、移籍らしい。
吉本との契約といえば、12月19日、これまで吉本とエージェントと契約を結んでいたロンドンブーツ1号2号の田村亮が、フリーになることを明らかにした。所属していた「株式会社LONDON BOOTS」はこれを機にたたむという。
タレントが自分の働き方を選べる時代と見る人もいるだろう。しかし、私には時間をかけた粛清がようやく終わったように感じられた。
2019年に起きた闇営業問題を簡単に振り返ってみよう。元雨上がり決死隊・宮迫博之や亮が反社会勢力の忘年会に出席。反社とは知らなかった、ギャラももらっていないと主張したが、この言い分だと「売れっ子芸能人が、よく知らない人の会合にノーギャラで行く」という常識では考えられない話になってしまう。
しかも実際は金銭の授受があったものの、宮迫が後輩に「ギャラはもらっていないことにしろ」と指示をしていたそうだ。忘年会に同席していたカラテカ・入江慎也が解雇されたことで焦った亮は、謝罪会見を開かせてほしいと会社に頼む。
しかし、会社は有耶無耶にして沈静化させたかったのだろう。岡本昭彦社長は「お前らテープ回してないやろうな」と確認したうえで、「亮、ええよ、おまえ辞めて1人で会見したらええわ。やってもええけど、ほんなら全員連帯責任でクビにするからな。俺にはお前ら全員クビにする力がある」と圧力の行使を示唆された。
謝罪会見を開くことは会社からOKをもらったものの、いつになるのかはわからない。不信感を抱いた宮迫と亮は、自分たちに弁護士をつけるが、会社にとってはその態度もまた気に入らなかったのかもしれない。会社から、引退するか契約解除するかどちらかを選べという書面が届いたという。闇営業をきっかけに、会社にとって不利益な人は容赦なく斬り捨てるという吉本の無慈悲な“パワハラ体質”が明るみになった。
会社の姿勢に納得がいかなかったのが、『スッキリ』(日本テレビ系、2023年3月終了)のMC・加藤浩次だ。「芸人も社員も大崎(洋)会長や岡本社長のことを恐れている。これでお笑いなんてできるのか。変わらなきゃダメだ。こんな取締役の体制が続くなら、僕は吉本を辞める」とまて言い切った。これがきっかけとなり、加藤は19年に吉本とのマネジメント契約をエージェント契約に切り替えたが、21年にはそれを終了している。
そして、同番組サブ司会の春菜も、加藤と同じ道をたどることに。彼女は同番組内で「芸人はお互い契約内容に同意していない。口頭でも聞いたことがないですし、ギャラの取り分とかほかの部分に関しても聞いた覚えがない」と同社のルーズな体質を指摘。その後、エージェント契約に切り替え、このたびそれを終了して、別事務所に移籍する形となったわけだ。
闇営業問題を起こした入江、宮迫、亮、そこから会社の在り方に物申した加藤と春菜。コトが起きてから4年で、一連の騒動の主たる登場人物全員が吉本からいなくなった。
もちろん偶然である可能性はいなめないし、春菜がインスタグラムで書いたように「吉本興業の方々もがんばれ!と背中を押してくださいました」と好意的に送り出してくれたのかもしれない。しかし、一般論で言うのなら、テレビで公然と自分の会社や上層部を批判した“社員”に居場所がなくなるのは当たり前ではないだろうか。
「だから、会社や上層部に文句など言うべきではない」と言いたいのではない。事務所とタレントの間で権力差がありすぎるという構造の中では、正直者や志を持った人が潰されてしまい、結局、業界の浄化につながらないのではないかというのが私の考えだ。
故・ジャニー喜多川氏による性加害がなぜ起きたのか、なぜ周囲は放置・隠匿していたのかを考えると、同氏が絶対的な権力を握っていたからに尽きるだろう。日本では、所属事務所はタレントの発掘、育成、売り込みを一手に引き受ける。この方法だと、スターになった場合、育ててもらった恩があるために事務所から抜けられないということが起きかねないし、テレビ局もスターを有する事務所のいいなりになってしまう可能性がある。
一方、利益相反を嫌うアメリカでは、タレントは仕事を取ってきてくれるエージェント会社に所属し、マネジャーは自分で用意する。大物と呼ばれる人たちも仕事を得るためにオーディションを受けるのは当たり前で、日本のような“抱き合わせ”出演はまずないという。どちらがタレントのため、エンタメ界のためになるかは、言わずもがなだろう。
今年は旧ジャニーズ事務所の問題が世間を騒がせたが、考えてみると、19年の闇営業問題の頃から、芸能界のひずみみたいなものが如実になってきたのではないか。アメリカのように権力を分散させる制度を取り入れるべきだと個人的には思うが、新しいことを始めようとすると抵抗する人がいるのが世の常。そう簡単にはいかないだろう。
だからこそ、春菜のような闇営業問題で吉本を離れた芸人たちには、ぜひ頑張ってほしい。これは粛清なのか、それとも「タレントは大手事務所を辞めても大丈夫」という芸能界のターニングポイントになるのか――それを決めるのは春菜の今後の頑張りにかかっているような気がしてならない。