1月に入り、首都圏では埼玉・千葉の中学受験入試がスタートする。2月1日から始まる東京・神奈川の本命校の入試を前に、1月校でお試し受験をするという受験生も多いだろう。しかし、毎年のように「本命校より偏差値が低い、合格して当たり前の1月校に落ちてしまった!」とパニックになる受験生親子が出てくるのだ。
まさかの不合格を前にしたとき、受験生親子はどうすべきなのか――サイゾーウーマンで連載コラム「“中学受験”に見る親と子の姿」を執筆する受験カウンセラー、教育・子育てアドバイザーの鳥居りんこ氏も、自身の息子が「お試し受験に落ちる」という経験をした母親の一人。過去に同連載で、その時の経験談をつづっている。
1月校に不合格だったという親御さん、「まさかの不合格」に備えたいという親御さんに向けて、今回その記事を再掲する。
“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
「本命校よりはるか下の偏差値なのに……」1月受験に失敗した中学受験生の母、その悪夢の先
初出:2019年1月27日
中学受験入試もいよいよ最後の砦である東京・神奈川の学校を残すのみとなった。逆の言い方をすれば、東京・神奈川の中学入試本番は2月1日から始まるのだ。しかし、この受験生たちの多くが“1月受験”を経ているという事実を、皆さんはご存じだろうか?
1月受験とは、業界で言うところの「お試し受験」なのである。これは主に、東京・神奈川の受験生が、1月に実施される埼玉・千葉の入試、あるいは寮を完備している地方校が行う首都圏会場での入試を、本番前に受験することを指す(帰国生入試や千葉の専願入試では12月からスタートするものもある)。
最近では交通機関の相互乗り入れの発達によって、東京・神奈川の受験生が、千葉・埼玉の学校に進学するケースや、逆に千葉・埼玉の受験生が東京・神奈川の学校に進学するケースも少なくはないので、一概に「お試し」とも言えなくはなってきている背景がある。しかし、やはり依然として、お試しによるメリットを享受したいと考える東京・神奈川の受験生は多いと言えるだろう。
この「お試しによるメリット」だが、一般的には3つあると考えられている。
1:模試とはまったく違う「受験本番」の空気に触れさせ、慣れさせておく
→いわば、“本気モード”の予行演習である。
2:合格を手にすることで安心感を持たせる
→一つ合格を得ることは、2月1日以降の本命校受験への自信になる。先ほど述べたように、実際に進学する可能性もあるので、「もし本命校に落ちても、入学できる学校がある」という余裕も生まれる。
3:あえて一度、「不合格」という痛い目に遭わせ、本気に火を点ける
→これは男子に多いのだが、「本番」が何たるかをまったく意識せず、模試感覚で舐めてかかるケースがある。そこで事前に、あえて「不合格」をもらって目を覚まさせるために、お試しするというパターンもある。
こうして受験生は1月校受験に臨むわけだが、例えば、大人気校である埼玉の栄東中学は、毎年1万人弱が受験する。こうなると、試験会場は“人の波”で、さらに本番独特の空気に満ちている。すると、雰囲気に圧倒され、想定外の不合格となってしまう子も出てくるのだ。「3」のように、もともと不合格を想定している受験生は稀で、多くの受験生は不合格にうろたえるであろう。本命校受験までの日数が少ない中、やる気に火を点けるどころか、“不合格の烙印”を背負い込み、本番前に自信を喪失してしまうからだ。1月校受験は、お試しとはいえど、実は相当、覚悟がいる受験なのである。
今回は筆者である私が実際に体験した“悪夢”をお話ししよう。
私の息子である、たこ太(通称)は、お試し受験で落ちたのだ。もちろん、「3」を想定した受験ではなく、「1」と「2」を兼ね合わせた受験であった。つまり、塾も「万が一にも落ちることはあり得ない!」と太鼓判を押し、本人も母である筆者も、合格を取ることが当たり前の受験だったのだ。
しかし、結果は不合格。本命校の受験日まで2週間を切っている中での「まさかの不合格」を、うちのたこ太はお見事なまでにいただいてしまった。しかも、当時通っていた塾で、その学校を受験した多くの児童の中で、ただ一人の不合格者であった。
想定外のことが起こると、人間、何も考えられなくなるものだが、しばらく茫然とした後、私は大泣きした。「本命校より、はるか下の偏差値校で不合格だったら、もう望みがないのでは?」と思い、絶望したからだ。しかも、この結果を学校から帰って来る息子に伝えなければならないことがつらかった。
号泣しながらも、塾に電話をしている自分がいた。心の中は「嘘つき! 嘘つき! 絶対に大丈夫だって言うから受験させたのに!!」という思いでいっぱい。塾の先生に当たっても、どうしようもないことはわかっているのに、苛立ちやら、悲しみやらで涙が止まらなかった。
そんな混乱状態の私に、塾の先生は「たこ太は、1点差で落ちている(注:このように点数を開示してくれる学校もある)! 1点の重みを、たこ太の骨の髄まで叩き込ませるビッグチャンス!」と言って憚らなかった。
結局、私は帰宅して来た息子に不合格の事実を伝えられず、塾の室長と相談の上、塾に丸投げすることにした。
たこ太を塾に送り出した後、「室長は、息子にどうやって不合格を伝えるつもりだろう……」と途方に暮れていたが、塾終了後、息子に話を聞くと、こんな意外な言葉で励ましてくれたそうだ。
「おめでとう! 良かった、良かった!」
私は驚いて、その真意を室長に確認した。
「お母さん、僕は授業終了後にたこ太を呼び出して、『たこ太、1月校、残念な結果になったぞ』と伝えました。たこ太は、一瞬だけハッとした顔をしましたけど、僕はその瞬間、間髪入れずに言ったんです。『たこ太、オマエ、良かったな~!』って」
不合格を祝福されるとは夢にも思っていなかったので、それが事実と知って、私はさらに驚いた。室長は続けた。
「たこ太が不合格だったのは、本番の雰囲気に呑まれただけのことです。たこ太の実力がこんなもんじゃないことは、ずっと勉強を教えてきた僕が一番よく知っていますよ。たこ太にもそのことは伝えました」
なんでも室長は、たこ太に、「これが受験の怖さである」ということを伝えてくれたそうだ。その上で、「でも、オマエは予行演習を終わらせた。本番はもう大丈夫だ。オマエは1月校に行きたかったか? そうじゃないだろう? 行かない学校はどうでもいい。いや、むしろ落としてくれて礼を言いたいくらいだ。たこ太、これはいい練習だった。オマエはオマエの第1志望に、自分の力で行け! オマエなら必ず行ける。これは俺が保証しているんだ、わかるな?」と激励してくれたという。
ここまで話を聞いた私は、胸が潰れそうになったが、室長はもう一押しとばかりに、「たこ太、もう一つだけ言っておく。お試しに落ちたヤツは本番に必ず受かる。俺がおめでとうって言う意味、わかるな? ラスト2週間だ。俺はオマエを信じている」と発破をかけ、最後に「必ず勝って来い!」と背中を押してくれたそうだ。
それから、その教室の先生方全員が、たこ太に、次々と握手を求めてくれたらしい。「そうか! 落ちたか!? そりゃ良い知らせの前触れだ。最後に笑うのはお試しで落ちたヤツだからな!」と励ましてくれ、誰一人として、悲観的なことは言わなかったという。
私は、こういった塾の先生たちの対応を「魔法」だと感じた。魔法にかけられたたこ太は、結局、2月の本番で第1志望校に合格した。
これを読んでいる読者の中に、もしかしたら今、当時の私と同じ状況に追い込まれている人がいるかもしれない。「毅然としなければ」と思っても、うろたえてしまうのが中学受験生の親というものだ。ならば、今度は私が、そんな親御さんたちに魔法をかけたいと思う。
「お試しに落ちた子が最後に笑う!」