私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。
<今回の有名人>
「だって、あの人おかしいでしょ?」マツコ・デラックス
『上田と女が吠える夜』(1月17日、日本テレビ系)
1月11日放送の『アウト×デラックス2024 鳥肌が辰!? 最強アウト集結SP』(フジテレビ系)。ゲスト出演した作家・阿川佐和子氏が、テレビ離れの原因を「番組へのクレーマーみたいなところに、過敏になりすぎてないかな」「若者を取り込もうとして、無理に若作りしようとする」と述べていた。これに対し、同番組MCのマツコ・デラックスは「本当にそうなんですよ、インスタグラマーとか出せばいいと思ってるんだよね」と同調していた。
テレビがクレームを恐れているのは、なんとなく感じることではあるが、同17日放送の『上田と女が吠える夜 新春3時間SP』(日本テレビ系)を見ていたら、テレビをせせこましくしてしまっている原因は、“業界の慣例”にあるのかもしれないと思えてきた。
『上田と女が吠える夜』にゲスト出演したマツコは、テレビに出だした頃を彷彿とさせた
マツコといえば、多くの番組のMCを務めているが、今回はゲストとして出演。同じくゲストのあのちゃんは、ずっとマツコに会いたいと思っていたという。若手のタレントが、マツコのような大物芸能人を慕うというのはよくある構図だが、あのちゃんは、泉ピン子と共演した際に「ピン子ちゃん」呼びし(結局、放送されなかった)、東野幸治に「歯、汚ねぇな」と言うなど、クセのあるエピソードに事欠かない人物。
マツコのことが好きな理由は「銅像みたいでかっこいいから」という、褒めているんだかけなしているんだかわからないもので、マツコは「正解が何かわからない」と直接対決を避けた。
そんな中、あのちゃんは「マツコと餅つきがしたい」とリクエスト。あのちゃんが杵でつき、マツコが餅をこねることになった。実は餅つきというのはかなりの重労働で、慣れていないと危ない。
かつ、『上田と女が吠える夜』はバラエティ番組であり、しかも見るからに不慣れで、大物芸能人にかみついてきたあのちゃんが杵を持つとあって、ごく普通に餅をつくとは到底思えない。マツコは餅つきに抵抗を示し、その理由を「だって、あの人おかしいでしょ?」「日テレってこういう場合、労災下りるの?」と“何か”が起きることを懸念してみせた。
実際、江戸餅つき屋とあのちゃんで餅つきのシミュレーションしてみると、タイミングが合わず、餅をこねる人の手を杵で打ってしまいそうになったり、臼の部分を叩いてしまうなど、想像通り、危なっかしかった。
それを受けマツコは、危機回避のため、あのちゃんが杵で打つと、余計な動きが取れないよう、片腕で彼女を抑え込みながら、もう片方の腕で餅をこねた。あのちゃんも抵抗したものの、マツコの力にはかなわず、ゲストから笑いが起きていた。すっかりMCのイメージが定着したマツコが、こうして体を張って笑いを取る姿は久々に見た気がした。
また、MCではなくゲストの立ち位置だと、共演者へのツッコミもいつも以上に鋭かった印象だ。ゲストでただ一人、チュールが何重にも重なるドレスを着ていたモデル・梨花(ほかのゲストは和服)が立ち上がると、隣のゲストに裾がかぶさってしまっていたのだが、それでもエピソードトークを続ける彼女を、マツコは「ねぇ、誰かそれ、引きちぎりなさいよ」「立つたびに、ヒラヒラして」とバッサリ。
一方、ゲストゆえにエピソードトークも求められていたが、その腕は健在。階段はおろか、2段の段差も苦手な理由として「札幌の大通公園で、階段7段くらい顔面から落ちて血だらけ。でも、その日、顔から血を流しながらテキーラ45杯飲んだ」と披露し、スタジオの笑いを誘っていた。
このように、『上田と女が吠える夜』にゲスト出演したマツコは、テレビに出だした頃の最も勢いがあった姿を彷彿とさせるというか、その“ゲスト力”はたいしたものだと思わされた。
こういうゲストとしての実績の積み重ねが、冠番組を複数持つことにつながっていったのだろう。マツコのような人気タレントを司会に据えれば、スポンサーもつきやすくなるし、タレント本人も安定した収入が見込めて双方にメリットがあるのは間違いない。
しかし、司会者になってしまうと、おのずと発言に制限がかかってしまうのではないだろうか。例えば、マツコは『上田と女が吠える夜』で、あのちゃんのことを「だって、あの人おかしいでしょ?」と言っていたが、これはマツコもあのちゃんも同じゲスト同士、つまりイーブンな関係だから許される発言だと思う。
もしマツコがMCの番組で、ゲストのあのちゃんに同じことを言ったのなら、ちょっとパワハラっぽくなってしまうし、あのちゃんもムッとする気がする。そうなると、結局損をするのはマツコ自身だから、発言には気を使わざるを得ないだろうが、その結果、マツコの良さも半減してしまうのではないか。「司会者はゲストより立場が上」という業界の常識のようなものが、テレビやタレントの可能性を奪っていると思えてならない。
テレビの未来は暗いと言うけれど、大地震など災害が多いこの国では、多くの人に情報を届けられるという点で、テレビは依然として重要なメディアといえる。しかし、頂点を極めたマツコだからこそ、「司会者はゲストより立場が上」という慣例をぶっ壊して、自分が最も輝けるよう、自由なテレビの出方をしてほしい、もしくは司会者とゲストがイーブンな関係で話せる番組を作ってほしいと願わずにいられない。