• 日. 12月 22nd, 2024

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明日あなたが被害にあうかもしれない

DV夫にこれまでの報いを! 晩年、妻の反撃がはじまった

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 夫の小松原勝治さん(仮名・85)と二人で暮らす幹子さん(仮名・81)は認知症だったが、長くDVを受けていた夫の世話になりたくないという気持ちからか、認知症だとは認めようとしなかった。体調管理という名目で毎週訪問する看護師の古関修子さん(仮名・52)と、毎月介護に通う娘のおかげで夫婦の生活は回っていたのだが、娘が精神のバランスを崩して介護に通えなくなってしまった。

(前編はこちら)

妻の反撃がはじまった

 勝治さんは、大企業に勤務するエリートサラリーマンで年収も高かったが、長年幹子さんに「誰のおかげで食っていけるんだ」「偉そうなことを言うんだったら、お前が俺と同じくらい稼いでみろ
などという暴言を浴びせていた。

 幹子さんは、優秀な娘が有名私大を卒業し、一流企業に勤務していることが自慢だった。「優秀な娘を育てた母」というのが、唯一のアイデンティティだったのだろう。

「今もお嬢さんの話をするときが一番幸せそうです。プライドも高いので、ご主人に対する愚痴はあまり口に出されませんが、バイタルチェックなどをしている間も、ご主人が時折暴言を吐いているのが聞こえてきます。DVをする男性の特徴で、外面は良いので外部の人間はDVに気づきにくいのですが、さすがに毎週訪問していると隠せないんです。それでも、私はそれとなくブレーキをかけるくらいしかできませんでした」

 夫婦の関係が一変したのは、幹子さんの認知症が進んでからだ。古関さんが訪問すると、勝治さんがケガをしていることが多くなった。

「手や顔に無数の傷があったり、絆創膏が貼ってあったりするんです。最初は、アレ? くらいだったのが、だんだん確信に変わってきました。奥さんがご主人に暴力を振るっている、と」

DV夫を教育し直す

 ある日、古関さんが小松原さん宅に行ってみると、勝治さんの顔が紫色に腫れ上がっていた。パンチをくらったボクサーのようだった。

「これまでさんざん奥さんをバカにしてきたご主人です。まさか今になって、奥さんから殴られているとは言えなかったんでしょう。ご主人も高齢ですから、体力ではもう奥さんにかなわなくなっていたようです。こうなるとご主人の身も危なくなります。私たちが介入しなければならないときが来たと判断しました」

 勝治さんに何があったのか聞いたところ、さすがに幹子さんの暴力が手に負えなくなっていたのか、経緯を正直に明かしたのだという。

「ご主人が奥さんをバカにしたり暴言を吐いたりすると、奥さんが逆上して、殴ったり引っかいたりするようでした。ご主人は奥さんが買い物に行くときなどにお金を渡すのですが、もらったことを忘れてしまうんです。『さっき渡したじゃないか』『お前が忘れているんだ』などと言おうものなら、どうにも手がつけられなくなるらしいです」

 これまでDV加害者だった夫は、一転して被害者になった。

 古関さんは医師やケアマネジャーとも相談し、「奥さんが興奮すると逆上するので、できる限り興奮させないように」と注意したうえで、勝治さんを“教育”していくことにした。

「これまで、息をするように奥さんに暴言を吐いてきた人なので、どんな言動がNGなのかさえ気づかないようですが、『奥さんをバカにしない』『何でそんなことができないんだ、などと言わない』など一つひとつ細かく指摘しています。あとはお金の管理です。『いつ、いくら渡した』などノートに付けて、奥さんが『お金をもらっていない』などと言ったら、それを一緒に見て確認するとか。認知症が進んでいくと、なかなか難しいのですが」

 夫は、この齢になってはじめて自分のしてきたことに向き合い、それが妻をどんなに傷つけたのか、妻の心を殺していたのかを考えるようになっているのだとしたら、ちょっと愉快だ。それが、妻の暴力を抑えるためのポーズだとしても。

「先日奥さんと話していたら、『私、バカになっているのよね』とポロっとこぼされたんです。本人もわかっているんですよね。だから、私たちとしては奥さんに認知症であることを認めてもらって、ヘルパーやデイサービスなどを利用してもらいたいんです。第三者が関与して、ご主人とも離れる時間をつくることで、ご夫婦の生活を少しでもよりよいものにしたいと思っています」

 晩年になって、加害者から被害者になった夫。これまでの報いだと、意地悪な気持ちになったのも正直なところだ。果たして、勝治さんは変われるのか。幹子さんは、そして娘は、精神の安定を取り戻せるのか。そこまで手を尽くそうとする古関さんたち介護チームに頭が下がると同時に、自分が認知症になったらいったいどんな行動をとるだろうと考えて、背筋が冷たくなった。

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