“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
2021年はコロナ禍の入試となったが、中学受験率が上昇。その理由として、充実のオンライン授業を実施できていた私立中学と、対応が鈍かった公立中学を比較し、学力格差を心配した家庭が多かったということが挙げられている。
しかし、これは首都圏および関西圏を中心とした話になる。文科省が発表した学校基本調査によると、全国でみた場合の中学受験率は8.3%(令和元年調査)。地方であれば、中学受験は極めて珍しいという地域の方が多い。たとえ受験率が全国一の東京であっても4人に1人。さらに、東京は地域差が激しい。住んでいる地域によってはクラスのほとんどが受験するという小学校、逆に中学受験は少数派という地域もある。
このように中学受験率は、都道府県によっても、住んでいる地域によっても大きな差があるものなのだ。
一人息子の母・すみれさん(仮名)は地方在住。自宅から一番近い駅は無人駅で、中学受験をする人は皆無という地域に住んでいる。夫は歯科医であるが、代々というわけではなく、夫の出身はその地方の県庁所在地。たまたまご縁があって「何もないこの街」(すみれさん談)で開業したそうだ。
「夫自身は県庁所在地にある公立高校から東京の大学に行ったのですが、息子が生まれた時から『海斗(仮名)には中学受験をさせる!』と言っていました。なんでも、大学の仲間の中でも私立中高一貫校出身の人は『人生が違う』って言い張るんですよ」
夫と同じ高校出身で歯科衛生士として夫を手伝っているすみれさんには、夫が語る「中学受験」とその先にある「私立中高一貫校」はよく理解できない存在だったという。
「そもそも、ここには中学受験塾なんてないですし(笑)。でも、夫には『受験は視野を広げるもの。視野は幼い時から広げるべし!』という鉄の意志があって、海斗には有無を言わせず、“パパ塾”を開いていました」
パパ塾は結構、スパルタだったため、すみれさんは、時として勉強を嫌がる息子を不憫に思うこともあったという。
「海斗は田舎の子どもなので、私立中学だの、中学受験だの言っても、わからないんですよ。だって、周りには田んぼしかないし(笑)。クラスメイトは遊びまわっているのに、何で自分だけ勉強させられるのか意味がわからなかったと思います。当然、夫とは、相当、揉めました」
そんな中、家族で志望校を偵察がてら上京したのだそうだ。
「正直、びっくりしました。ある学校に見学に行ったんですが、何て言うのか、そこの雰囲気が自由で……。制服もないし、髪型も自由。全部、生徒さんの裁量に任せているんだなってことがわかるし、いろんな子がいて、それぞれを認め合っているって空気が伝わってきたんです。何より、生徒さんたちがアカデミックなんだけど、すっごく楽しそうなんですよね。夫が言っている『視野を広げたら、人生が変わる』って意味が少しわかったような気がしました。そこからですね、私も中学受験に向かって腹を括りました」
もちろん、海斗くんにとっても、それは衝撃的な経験だったようで、帰宅後からは受験勉強に猛烈に燃えるようになったという。
そして、努力の甲斐あって、海斗くんは無事に合格。寮生活を謳歌し、海外語学研修も体験した高3生になっている。大学受験に向かってギアを上げている海斗くんだが、将来的には、日本と海外の架け橋になるような仕事をしたいそうだ。すみれさんは言う。
「もちろん、こんな田舎から都会の学校に一人息子を出した家なんかありませんから、ご近所からは変わり者扱いでしたよ。でも、海斗を12歳で巣立たせたことに後悔はありません。海外語学研修に参加したことで、息子はまた一段と成長したと思います。ここにいたら、海外なんて、夢のまた夢でしたでしょうから……。それにね、たまにしか会えないせいか、海斗は私に、とっても優しいです(笑)。私たち家族にとっては、この距離感が丁度いいのかもしれません」
中学受験をするもしないもご家庭の自由。その家庭それぞれの選択は尊重されるべきであろう。筆者が思うのは、中学受験は「一家団結」のものであると、うまくいくケースが多いなということ。
我が子の将来を俯瞰で見て、親がどの方向に舵を切るかによっても、その運命は大きく変わるのだなあと、すみれさんの話を聞いていた。