“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。
目次
・「なぜそこまで尽くす?」老いた親を介護する子の姿
・妹が母と同居してくれたら一挙両得
・もうお母さんの面倒は見きれない――“捨てられた”母
親から離れた、“捨てた”子どもたち
親との確執を抱えながらも、老いた親を見捨てることができず、苦しい思いをして介護をする子どもは少なくない。その一方で、親から離れた、いや“捨てた”子どもたちもいる。
石井浩之さん(仮名・59)の妹、美由紀さん(仮名・57)は、前編で紹介した稲田幸一さんの妹、真貴子さんのように親を捨て、子どもが住む遠くの町に引っ越した。とはいえ、美由紀さんは決して親を“捨てた”つもりはない。“捨てた”のは夫、のつもりだった。
夫を置いて家を出た妹
美由紀さんは、認知症が進んだ母を自宅に呼び寄せて介護していたのだが、夫と母との折り合いが悪くなってしまった。夫が母とぶつかることが増え、その仲裁に入ることにも限界を感じたのか、美由紀さんは夫が定年退職すると同時に母を老人ホームに入れ、夫を置いて家を出たのだ。
美由紀さんは、仕事を辞めて娘が住む町に引っ越し、母のもとに定期的に面会に通えるよう、娘の住む町から電車で行きやすいホームを選んでいた。
すべてが終わってから知らされた石井さんは、妹の手際の良さに、「女ってコワい」と唸ったのだが……その娘に美由紀さんと夫は“捨てられ”ようとしている。
「あの人を父親とは思っていません。あの人と離婚して」
美由紀さんは、夫とはあくまでも別居で、離婚はしないつもりだった。もちろん経済的な事情も大きかったが、娘が結婚するときに両親が揃っていたほうがいいという気持ちも少なからずあったのだろうと石田さんは考えている。
しかし、娘はそうではなかったらしい。娘には結婚を考えていた人がいた。そして「結婚したいと思っている」と美由紀さんに伝えるのと同時に、こんなことも告げたのだ。
「あの人を父親とは思っていません。あの人が父として結婚式に出るのは耐えられない。あの人と離婚して、縁を切ってください。そうでないと、お母さんとの今後も考え直します」と。
“あの人”とは、そう、美由紀さんの夫。「父を捨てる」「母が父を捨てないなら、母も捨てる」と、娘は宣言したのだった。
美由紀さんは、娘がそこまで思い詰めていたとは知らず、驚いた。石井さんは、こう推測している。
パワハラ上司としてかなり問題になっていた
「どうも義弟はパワハラ気質だったようです。僕はまったく気づかなかったけれど、義弟と同じ職場だった知り合いにそれとなく聞いてみると、職場ではパワハラ上司としてかなり問題になっていたということがわかったんです。母と折り合いが悪くなったのも、妹が家を出たのも、根底には義弟の言動に原因があったようでした。妹が家を出たあと、義弟は私に『どうにかしてくれ』と泣きついてきましたが、その裏で妹や姪が長い間苦しんでいたんです。年に1回くらいしか会わないこともあり、まったく気づきませんでした」
父を“捨ててほしい”と言った娘の言葉に、美由紀さんも決断しないわけにはいかなかった。
「パワハラというか、DV気質の義弟は簡単に離婚を認めないでしょう。それも覚悟の上で、離婚調停に入っています」
父母が離婚しても、父は父だ。一人になった父が老いて、誰かの手を必要としたとき、娘の気持ちは揺らぐことはないだろうか。いや、揺らぐことがないよう、先手を打ったのかもしれない。
そしてまた石井さんはつぶやくのだ。「女ってコワいね」と。……そこか?