【サイゾーオンラインより】
歴史エッセイスト・堀江宏樹氏が今期のNHK朝のテレビ小説『あんぱん』を歴史的に解説します。
目次
・「あんぱん」10銭、驚がくするほどの高値?
・東京の名店「木村屋」あんぱんが2.5銭の時代
・駅弁、そば、洋食の名店・たいめいけんのカレーライスの価格は?
・名作マンガ『親なるもの 断崖』も昭和2年に始まる物語
『あんぱん』10銭、驚がくするほどの高値?
先日放送が開始された2025年前期の朝ドラ『あんぱん』。第1週「人間なんてさみしいね」の中では、パン職人・屋村草吉(阿部サダヲさん)が作ったパンのおいしさと値段の高さが話題になっていました。
広告塔代わりにプレゼントされた子どもたちが「こんなフカフカのおいしいパン、食べたことがない!」と感動するので、興味をそそられた大人たちが値段を聞くと、草吉は「高いよ」と指一本を立ててみせます。
石屋を経営している親方職人・朝田釜次(吉田鋼太郎さん)が「1銭か?」と聞くと、草吉の答えは「10銭」。
あまりの高さにびっくりする一同でしたが、後から来た医師の妻・柳井千代子(戸田菜穂さん)は顔色も変えず、「うちの人パンに目がないの~!」「そのパン、全部いただくわ~!」と太っ腹なところをみせていました。
別の回でも、釜次が草吉のパンについて「あんなの高くて買えん」と文句をいうシーンがあったと記憶していますが、物語の舞台である昭和2年(1927年)、10銭のパンとは本当に驚がくの高級品だったのでしょうか?
東京銀座の名店「木村屋」2.5銭の時代、高知の田舎で10銭
ちなみに、ドラマのタイトルにもなっているアンパンが日本に生まれたのは明治7年(1874年)のこと。
当初、1個5厘(=0.5銭)でしたが、発売当初から大人気で、献上された明治天皇も「うまい」といったとかでメガヒット商品となっています。
その銀座・木村屋のアンパンも(ドラマの時代の4年前にあたる)大正12年(1923年)には、2.5銭にまで値上がりしていたという記録があるんですね。
しかし、ほぼ同時代の東京銀座の名店のパンでもそれくらいの価格相場なのに、高知の御免与町(現在の高知県南国市後免町がモデル?)で1個10銭のパンというのは、かなりの強気価格といえるでしょう。
とはいえ、当時のほかの食べ物と価格を比べてみないと「よくわからない」という人も多いはず。
駅弁、そば、洋食の名店・たいめいけんのカレーライスの価格は?
ヒロイン・朝田のぶ(永瀬ゆずなさん)の父・結太郎(加瀬亮さん)が鉄道に乗って旅立つシーンも第1週にはありましたよね。
当時、旅する庶民の味方だったのが駅弁なのです。安くておいい食べ物として有名でした。そして昭和5年(1930年)の駅弁・幕の内弁当は30銭でした。
また、豆腐は昭和5年の記録で1丁あたり5銭。そして当時の「庶民むけの軽食の代表格」とされるそば一杯の価格も、この時代の東京で8~10銭程度だったようです。
ちなみに東京日本橋の洋食の名店・たいめいけんのカレーライスも、ドラマと同じ昭和2年の記録で10~12銭(以上、週刊朝日編『値段の明治・大正・昭和風俗史』朝日新聞社)。
――そう考えていくと、高知の田舎・御免与町で、あの小さなパンが1個10銭という値段設定はボッタクリとまではいかなくても、かなりの強気価格だったといえそうです(余談ですが、比較すれば駅弁って昔から割高で、レジャー客の緩んだ財布のヒモを狙ったアイテムだったのですね)。
名作マンガ『親なるもの 断崖』も昭和2年に始まる物語
1個5銭くらいなら、今でいう意識高めの層には「自分へのご褒美」として「何日に1回かは買ってもいい品」くらいに思わせられたかもしれません……。
この当時、庶民は景気の後退を実感しがちでした(ちなみに東北の貧農の少女たちが北海道・室蘭の遊郭に売られていく曽根富美子先生の名作マンガ『親なるもの 断崖』も、『あんぱん』と同じ昭和2年に始まるお話です)。
そう考えると、あのパンを「全部いただくわ~!」と即決できる柳井千代子の金銭感覚のズレぶりってすさまじいわけですね。さすが院長夫人といったところでしょうか……。