• 月. 12月 23rd, 2024

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明日あなたが被害にあうかもしれない

話題のエッセー『常識のない喫茶店』と、『スカートのアンソロジー』に通底するハラスメントにNOを突き付けるための姿勢

 ここはサイゾーウーマン編集部の一角。ライター・保田と編集部員A子が、ブックレビューで取り上げる本について雑談中。いま気になるタイトルは……?

◎ブックライター・保田 アラサーのライター。書評「サイジョの本棚」担当 で、一度本屋に入ったら数時間は出てこない。海外文学からマンガまで読む雑食派。とはいっても、「女性の生き方」にまつわる本がどうしても気になるお年頃。趣味(アイドルオタク)にも本気。

◎編集部・A子 2人の子どもを持つアラフォー。出産前は本屋に足しげく通っていたのに、いまは食洗器・ロボット掃除機・電気圧力鍋を使っても本屋に行く暇がない。気になる本をネットでポチるだけの日々。読書時間が区切りやすい、短編集ばかりに手を出してしまっているのが悩み。

エッセーという気軽に読める形式ながらも芯が通った作品

保田 少し前の話になるんですが、8月に純烈・酒井一圭が『百獣戦隊ガオレンジャー』関連イベントで、女性の役である「ガオホワイト」のお尻を触り共演者にたしなめられて笑いが起きた動画をTwitterに投稿した件ってご存じですか?

A子 サイゾーウーマンでも記事になりました。ツイートには「ガオホワイトの尻」というハッシュタグが付けられるなど、おそらく「ジョークだから問題ない」と判断した投稿だったと思われますが、「セクハラは笑って消費できるもの」という認識自体が問題なんですよね。いつの間にか投稿は削除されていますが……。

保田 ガオホワイトの演者の心中はわかりませんが、仕事上、明らかに「嫌だ」と言いにくい環境でのセクハラを経験している人も多いなか、いまだに「笑えるネタ」として扱われることにあきれたり、トラウマを呼び起こされた人も大勢いるんじゃないでしょうか。そんな人に読んでほしい本が『常識のない喫茶店』(僕のマリ・著、柏書房)です。

A子 ウェブで連載されていた時から、「失礼なお客さんとはケンカしてもいい」「スタッフの判断で、客を出禁にしてもいい」という喫茶店のルールが話題になっていた作品ですね。

保田 著者が勤めているのは「働いている人が嫌な気持ちになる人はお客様ではない」という理念を持つ喫茶店。基本的には個性の強い店長や同僚、同じくらいアクの強い客の観察記であり、著者の濃い“喫茶店愛”が味わえるエッセーです。でも、店員をしつこく誘う男性などセクハラや非常識な行為をやめない客にはその場で「もう来ないでください」と言える環境、出禁にクレームを入れられても守ってくれる店長……率直に「うらやましいな」と思ってしまいました。

A子 9月下旬には、元「バイトAKB」のラーメン店経営者・梅澤愛優香さんが、セクハラ被害などを理由にラーメン評論家の“出禁”を表明したところ、その出禁対象者とおぼしき男性がブログでセクハラをほぼ認めたうえで「梅澤さんの件は、まだまだ良い方ですよ」とちゃかした件もありました(後に当該文言は削除)。嫌がらせを受けても、若い女性は特に、周囲がその深刻度を理解しようとしないケースがあるんですよね。

保田 もともと大企業に勤め、セクハラや理不尽なクレーム対応が重なって心身のバランスを崩した著者の過去もつづられていて、「『違う』と思うことに自分を曲げ続けていると、気づかないうちに尊厳を失う」「自分を殺しながら働くことが社会ならば、そんなところで息をしていたくない」という言葉が説得力を持って響きました。エッセーという気軽に読める形式ながらも芯が通った作品ですので、なにか社会の不条理にモヤモヤしている人に。

保田 もう1冊紹介したい本は『スカートのアンソロジー』(朝倉かすみ・選、光文社)です。スカートを媒介に多彩でイメージ豊かな世界をいくつも旅することができる、読書の醍醐味を満喫できる作品集でした。「老若男女問わず、着たいスカートを穿ける世界」を肯定したいという祈りが込められているような作品が多いです。

A子 “スカートが性犯罪に文字通り牙をむくようになった世界”を書いた「スカート・デンタータ」(藤野可織・著)も気になるし、スカートを“男性しかはけない特権的な衣服”とする架空の民族記録を書いた「スカートを穿いた男たち」(佐藤亜紀・著)もジェンダーを再構築する世界観で面白そうです。

保田 どれも良作ですが、ここでは『常識のない喫茶店』で描かれた「嫌なものを嫌と言える人の強さ」を真裏から見せるような「半身」(吉川トリコ・著)を紹介したいです。

A子 幼少期、短いスカートで下着を見せて踊るCMに出演していた女性・きよみが、一児の母として生きる姿を描いた短編ですね。

保田 幼少期から仕事を始めているので彼女も被害者ですが、きよみは嫌な仕事に嫌と言えずに育った女性なんですね。自分の感情を無視して生きてきたから、周囲の人の感情を推し量ることも苦手で、ママ友や夫から距離を置かれるような言動を頻繁に繰り返してしまう。娘も愛しているけど、どこかで自分の好きにしていいと思っているんです。

A子 自分が母親からそう扱われていたから……現実でも起こり得る、悲しい連鎖ですね。

保田 けれども娘を育てることで、理不尽な環境に置かれていた自身の幼少期に向き合い、何が正しいかはまったくわからないまま、娘は自分と違う道を進んでほしいともがいてもいるんです。終盤、不穏ながらもきよみに「嫌」と言えるかもしれない娘の姿に、希望を映し出す構成が巧みでした。多様な価値観が併存する現代の困難を見据えつつ、もがきながら1ミリでも前へ進むことの美しさが繊細に描かれています。
(保田夏子)

『常識のない喫茶店』

嫌いな客には「いらっしゃいませ」も言わない、タメ口で注文されても無視――世間のルールは通用しない、異色の喫茶店で繰り広げられる日々のエピソードと、スタッフや素敵な客との関わりをつづるお仕事エッセー。

『スカートのアンソロジー』

 朝倉かすみ選出による短編アンソロジー。著者には、朝倉かすみ、北大路公子、佐藤亜紀、佐原ひかり、高山羽根子、津原泰水、中島京子、藤野可織、吉川トリコが名を連ねている。圧倒的に女性が着用することの多い「スカート」をテーマに置くことで、日常生活の傍らにあるジェンダーやフェミニズムに光を当てる作品も多い。

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