こんにちは、保安員の澄江です。
昨今、どこのお店に入っても万引き被害が増えたと実感しておられるようで、いかに防止するかということに頭を悩ませています。捕まえることのリスクを鑑みて、見て見ぬふりをする商店も散見され、もはや泥棒天国といっても過言ではない状況にある店もあるほどです。そうした状況に目をつけた防犯機器会社の一部は、AIによる不審者検知システムなどを激しく売り込み、多くのお店でモニター設置をするなど販路拡大に努めておられます。今回は、動作認証機器をモニター使用している最中の現場で過ごした一日について、お話ししたいと思います。
当日の現場は、関東近県の街道沿いに位置する大型総合スーパーK。食品を中心に、衣類や日用品、玩具、ペット用品まで、幅広い品目を扱う巨大店舗です。上階には子ども服専門店、隣には大型ホームセンターが設置されているため、敷地内に広大な駐車場を有しており、休日には周辺が渋滞するほどの人気スポットとなるほどです。裏にある総合事務所まで出勤の挨拶に伺うと、どことなくかまいたちの濱家さんに似ている40代前半と思しき店長が私に気付かれ、スマホを片手に事務所から出てこられました。
「お久しぶり。最近、他店で内部不正があったから、保安を入れていること隠したいんだ。ちょっと外に行きましょう」
建物から出て、搬入口の脇にある物陰で、あらためて挨拶を交わします。
「今日一日、よろしくお願いいたします。最近、いかがですか?」
「大量盗難は3カ月くらい発生していないけど、アルバイトさんの内部不正があったり、ちょこちょこは(被害が)あると思うよ。それと今、この機械をモニター設置していてさ。米と酒、それと化粧品売場に仕掛けてあるんだ。ピーピー鳴るから、使ってみて」
「顔認証ですか」
「ううん、これは万引きとか不審な動きにAIが反応するやつ。初日は気にして使ってみたけど、どうかなって感じでさ。Gメンさんの感想も聞いてみたくて」
20年以上前、同じような防犯機器を導入した大型書店で実証を兼ねた勤務をした経験はありますが、その結果は芳しくないものでした。
発報して駆けつけ、対象者の行動を見守ることを繰り返すも、不審点がない人ばかりで見守る必要性が感じられないのです。その当時のモノは、首が動いたり、しゃがんだりする動作などに反応していただけのようで、とても不審者検知を謳えるような代物とは思えませんでした。
近頃の現場において、顔認証システムの端末を持たされることは増えてきましたが、AIによる不審者検知の端末を持たされるのは初めてのこと。この20年ほどのあいだに、どれだけ技術が進歩したのか確認できる機会を頂き、新しいおもちゃを得た子どものような気持ちで現場に入ります。
この日の勤務は、9時から17時まで。
平日のため店内は閑散としていますが、客足は少ないながらも絶えることなく、気を抜ける状況にまで至りません。すると間もなく、先ほど渡されたスマートフォンにメールが届きました。すぐに開封すると、米売場にいる女性の姿が映る画像が表示されたので、早足で駆けつけて状況を確認します。
そこには、下段の棚に陳列される10キロの米を、しゃがんで選ぶ老女の姿がありました。そのまま見守ると、少し苦戦しながら米をカートの下段に載せた老女は、レジに直行して支払いを済ませています。
(昔と変わらず、しゃがんだことに反応したのかしら……)
気を取り直し、巡回を再開してまもなく、今度は化粧品売場に写る中年女性の写真がメールで送られてきました。すぐそばにいたので迂回してみると、当該女性は乳液や化粧水のテスターを試用しており、しばらく悩まれた後、しっかりとお買い上げになられて退店されます。
その後も、たびたびメールが届きましたが、一人ひとり確認しても万引き行為に至るような不審者ではありませんでした。不審者検知システムは発展途上の段階にあるようで、お客さんが売場にいることを従業員に知らせて駆けつけるような接客支援には向いているかもしれませんが、売場従業員数が不足しがちな商店における有効利用は難しそうです。
(人が来るたびに鳴らされても、ペースが乱されるだけよね)
もうメールは無視することにして、いつも通りに巡回すると、しばらくして濃い化粧を施した40代と思しき痩せた女性が目に止まりました。
カゴの中にある高級洋菓子や健康ドリンク、それに蜂蜜などといった商品を、売場に設置された小分け用のポリ袋に入れているのが気になったのです。
そのまま追尾すれば、店内で頒布されるチラシを数枚手にした女性は、それも駆使して手に取る商品を隠していきました。殺気溢れるような目で、カゴの中に何度も手を入れ、いわゆる精算偽装を済ませた女が、レジに寄ることなく店の外に出たところで声をかけます。
「こんにちは、お店の者です。カゴにある商品、ご精算していただけますか」
「ああ、はい」
「お声かけしちゃったので、事務所までお願いできますか」
「わかりました」
感情をみせることなく、無表情のまま同行に応じてくれていますが、受け答えのリズムがおかしく、どこか病的なものを感じました。いきなり体調が悪くなられても困るので、状況を探るべく、事務所までの道中に努めて優しく声をかけます。
「今日は、どうしたんですか?」
「私、病気なんだと思います」
「体調は、大丈夫ですか? 何かあったら言ってくださいね。お病気のことは、店長さんにもお伝えしますから」
骨の太さしか感じられないほど細い手足をみれば、病名を尋ねるまでもありません。カートを押しながら、なるべく目立たないように事務所まで誘導して、未精算の商品をデスク上に並べさせます。
被害は、計6点、合計で3,000円ほどになりますが、お金は持っているというので商品の買い取りはできそうです。続けて身分確認をお願いすると、ここから車で30分以上かかる町にひとりで住んでいると話した女は、45歳。現在は無職で、生活保護の受給を検討していると話しました。店長を呼び出し、知り得た状況を報告した上で、事後の判断を仰ぎます。
「社内規則もあるし、病気だからって通報しないわけにはいかないですよ」
結局、警察に引き渡された女は、商品代金の支払いと出入禁止の約束をさせられたうえで微罪処分とされ、その日のうちに帰宅を許されました。
「もしかして、あの機械で捕まえたの?」
「いえ、いつも通りにやっただけです。たくさんメールきましたけど、ちょっと違いましたね」
「やっぱり。さっきの人は、全然引っかかっていないのかな」
実際に捕まった人のことを、AIが検知できていたかどうか店長が気にするので、端末のメールを一緒に確認してみたところ、50件を超える通知の中に彼女の姿はありませんでした。万引きする人を見極め、捕まえるのは私たちの仕事で、機械が解決してくれることはないのです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)