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性被害から子どもを守る絵本「パンツのなかのまほう」 実例から被害者に立ちはだかる壁を分析

ByAdmin

10月 30, 2021

 昨今、子どもへの性被害が社会で可視化されるようになってきました。「子どもを性被害から守るためには性教育が必要」という話も広まりつつありますが、今でも「性教育」と聞くと恥ずかしさや抵抗感を覚える大人も少なくないと思います。

 イギリス在住で元毎日新聞記者の中川紗矢子さんが制作した絵本「パンツのなかのまほう」(かもがわ出版、絵:出口かずみさん)は、子どもを性被害から守るための情報が、温かさを感じるイラストとともに物語として描かれています。3歳頃から読まれることを想定して制作されており、幼い子どもにどう教えたらいいか悩んでいる方におすすめです。また、あとがきには大人向けに子どもから相談されたときの適切な対応方法や、子どもへの性被害の実態、相談機関などが書かれており、大人が学べる絵本でもあります。

 著者の中川さんに制作の背景や、作品で大切にしたことなどをお伺いしました。

中川紗矢子(なかがわ・さやこ)
毎日新聞記者を経て、障がいのある人たちのアートをブランド化するプロジェクトに取り組んだ後、英国エセックス大経営大学院修了(マーケティング&ブランド・マネジメント)。尊厳が守られる社会を目指して研究と創作をする傍ら、University Centre ColchesterとColchester Instituteで教えている。一女の母。

「口止め」「嘘つき扱い」——被害者は段階的に壁に直面する

「パンツのなかのまほう」より
——なぜ「パンツのなかのまほう」を制作されたのでしょうか。

 記者として働いていた2003年に起きた、障害のある女子児童たちが担任教師から繰り返しわいせつ行為を受けていた事件を取材したことが原点です。その際、裁判・学校・教育委員会の構造的な問題を追及する記事を継続して執筆したものの、具体的な変化を生じさせることはできませんでした。

 徐々に性暴力の問題が可視化されるようにはなりましたが、残念ながら法律や制度が変わるには時間がかかります。その間にも日々、被害に遭う子どもはいて、なんとか状況を改善できないものかと頭を悩ませてきました。

 そのようななかで、私自身の子育ての経験や、イギリスの教育機関での勤務を経験し「絵本で子どもと大人に適切で必要な行動を伝えられれば、最低限の対策をとれるのでは」と考えるようになりました。構想を練り始めたのは、2017年ごろです。ここ1、2年で続々と性教育関連本が刊行されるようになりましたが、当時は「性教育に抵抗がある人は多いのでは」「性被害を扱っているものは、ちょっと」と企画が通らず、発売まで何年もかかってしまいました。

——「パンツのなかのまほう」に込めた思いをお伺いします。

 「二次被害を減らしたい」「相談したときの救済確率を上げたい」という思いを込めました。様々な性暴力被害の話を聞くなかで、被害者が直面してしまう壁には、いくつかパターンがあることに気がついたんです。

 まず加害者から口止めをされることです。「パンツのなかのまほう」においても、「まほうどろぼう」の特徴として<ぬすんだら「ほかのひとにいうな」とおどしたり、「ないしょだよ」「ひみつだよ」とやくそくさせる>と書いているとおり、子どもは加害者から口止めされているがゆえに誰にも言えず、抱え込んでしまうことがあります。そのため本作では<どろぼうに『いうな!』といわれても、ちゃんというんだよ>と促しています。

 次に周囲の大人に話したけれども、信じてもらえないことです。勇気を振り絞って打ち明けても信じてもらえなかったり「忘れなさい」と言われてしまうことは珍しくありませんが、それでは二度と子どもは相談してくれなくなる恐れもあります。ですので、信じてくれなかったらほかの人に相談することや、最初の人が信じてくれなくても諦めないでほしいことも書きました。

 大人が適切な対応をとれるよう、あとがきには対応方法や、子どもの性被害の実態などの解説を取り入れました。全部覚えることは難しいと思いますが、なんとなく頭の片隅に置いていただいて、必要なときに適切な対応をとれるようにしていただけたらと思います。

 残念ながらまだ日本では性被害に対する認識や対応が統一されておらず、相談者をさらに傷つけられてしまうこともあります。そのためあとがきでは、相談をしていて違和感を覚えたら他の相談機関へ行くことや「この人なら安心して話せる」と思える人に出会えるまで諦めないでほしいことも書きました。想定される壁への対応策は網羅できていると思いますので、読んでいただくことで何か困ったことがあったときの一助になると思います。

 本来は被害者が頑張らなくて済むようにしたいですが、法律や制度はすぐには変わりません。今できることを一人でも多くの人に知ってほしいですし、できることから実行してほしいという思いを込めました。

——「パンツのなかのまほう」はしっかりとしたストーリーがあるところも特徴的だと感じました。このような形にしたのは何か狙いがあるのでしょうか。

 ここ数年で性教育への意識は高まっていますが、依然として抵抗感が強い人や、どうしたらいいかわからない方もいらっしゃいますので、物語にし、“性教育感”をあまり感じさせないようにしました。

 とにかく子どもが確実に救われるようにしたいと考えていますので、「性教育」が気恥ずかしければ「安全教育」と捉えていただいたらいいと思います。子どもの大事な尊厳と体を守りたいと思っているのはみなさん同じだと思いますので。

 また、 子どもが「怖い」「悲しい」と感じてしまうと読みたくなくなってしまうと考え、楽しさや柔らかさ、温かさを感じられるポジティブな物語になるよう意識しました。

 具体的には、絵を担当していただいた出口かずみさんに、絵本全体をポップで飛び跳ねるイメージにしていただいたり、水色系の色である「ライトターコイズ」をテーマカラーとし、絵本の印象が題材の重さに引きずられないようにもしています。

 どんぐりを拾ったり、宅配の箱が玄関に置いてあるなど、被害に遭ったときに気づけるよう、子どもの日常で見られる光景を取り入れた点もこだわったポイントです。飽きないよう短い文章で構成していますので、幼い子どもたちにも楽しんでもらえると思います。

「大事な魔法を守ってあげてね」「盗まれそうになったら言ってね」と声をかけて

「パンツのなかのまほう」より
——本作は何歳くらいから読むことを想定していますか。

 オムツからパンツに移行する3歳頃が最も理想的です。パンツになるタイミングで「パンツのなかのまほう」を読みながら「パンツの中には魔法が隠されているから大事に守ってあげてね」と声かけをしていただけたら。ただ、3歳未満でも被害に遭っている子どもは現実にいることもあって、性被害対策を始めるのは早ければ早いほどいいと思っています。

——読者にはどのように読んでもらえたら嬉しいですか。

 親子の会話の糸口にしていただきたいです。もちろん気に入って何度も読んでもらえたら一番なのですが、最低限、一回でも親子で読んで「大事な魔法を守ってあげてね」「盗まれそうになったら言ってね」と声をかけておくだけでも違うと思います。

 ただ、本作を手にとっていただいたり、日頃から声かけをしているようなご家庭は、ある意味大丈夫なので、性教育への意識がなかったり、絵本を読む習慣のない家庭の子どもたちには、社会の責任として、より意識的に届ける必要があると感じています。家庭任せでは、保護者の情報感度によって子どもが得られる知識に差が出てしまいますので、一度でも保育園や幼稚園で読み聞かせをしていただけたらと思っています。

 たとえば札幌市では「パンツのなかのまほう」を保育園や幼稚園に配架していただき、子どもへの読み聞かせや職員研修に活用してもらえることになりました。子どもの性被害対策は、子どもに対しても大人に対してもどちらにも必要なことですので、他の自治体でも同様の取り組みが広がることを望んでいます。

 子どもへの性被害をなくすことは社会全体の責任であり、自分に子どもがいなかったり身近に接する機会がなくても、無関係な大人はいないと思っています。あとがきの大人向けの情報の部分は今後も無料公開していますので、いざ対応が必要となったときに適切な行動ができるよう、一度は目を通していただけたら幸いです。そして、社会で子どもを守る視点を持つことが当たり前になるよう願っています。

——最後に、今後の展望についてお聞かせください。

 「パンツのなかのまほう」は物語ですので、多言語対応した短編アニメとしてYouTubeで配信するなど、世界各国に伝えていきたいです。先ほども申し上げたとおり、本作を手にとってくれる家庭よりも、性教育の絵本を読んだこともなく保護者から話もしてもらっていない子の方がリスクは高くなってしまいます。YouTubeで配信すれば、子どもが一人で動画を楽しんでいるときに観てくれる可能性もありますので、こうした思いに共感し協力してくださる方がいたら実現したいです。

「パンツのなかのまほう」(かもがわ出版、絵:出口かずみさん)
★「パンツのなかのまほう」の詳細はこちらから!

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