若い世代に絶大な人気を誇るラッパーのトラヴィス・スコット(30)。現地時間11月5日、彼が世界最大級の興行会社「ライブ・ネイション」とタッグを組んで主催した音楽フェス『アストロワールド』で、興奮した観衆がステージに殺到。未成年を含む8人が死亡、多数の負傷者が出る大惨事となった。何者かが無差別に薬物を注入して回っていた可能性もあり、フェスの開催地テキサス州ヒューストンの警察は、殺人課の麻薬課の合同捜査本部の設置を発表している。
『アストロワールド』はトラヴィスが2018年から地元ヒューストンで主催している、遊園地のように楽しめる音楽フェス。新型コロナウイルスの影響で2年ぶりの開催となった上、伝説のファンクバンド「アース・ウィンド&ファイアー」ら豪華ゲストの出演が決まり、直前にApple Musicでの生配信が発表されたこともあって注目度が上がっていた。
当局によると、フェスに参加した推定5万人の多くが、少しでもステージに近くに行こうと殺到。押されて転倒した人が踏みつけられたり、立った状態でも周囲の人に押しつぶされて息ができず、意識を失ったりパニックになる人が続出。病院に搬送された17人のうち11人が心肺停止で、300人近くが手当てを受けた。
ヒューストン市長によると、亡くなったのは14歳、16歳、21歳(2人)、23歳(2人)、27歳、年齢が判明していない1人の計8人で、25人が入院。犠牲者、負傷者には未成年が含まれており、10歳の子どもが危篤との報道も流れているため、「このような危険なフェスに、なぜ子どもを参加させたのか」と親を非難する声まで上がっている。
トラヴィスは6日、インスタグラムのストーリーに、悲痛な面持ちで「被害者や遺族に対して、できる限りのことをしたい」と語る動画を投稿。ライブ・ネイションも被害者や遺族に寄り添い、捜査に協力するとの声明を発表した。しかしApple Musicで配信された映像には、救急車が観客の中をゆっくりと進んで救助に向かう様子を見たトラヴィスがパフォーマンスを中断するも、関係者と話をしてすぐに再開する様子が確認でき、「明らかに異常事態なのに、なぜ続行したのか」との批判が集中。
SNSにも、警備員らが意識を失った男性を必死に救おうとしている最中にもパフォーマンスしているトラヴィスの映像、観客がカメラマンに「負傷者が続出しているからショーを中断してくれ!」と必死に訴えている映像、「ショーを止めろ!」と繰り返す観客の映像などが流出しており、フェスの運営管理が徹底されていなかったと感じる人が多く、厳しく責任を追及すべきとの意見が飛び交っている。
また、当局はコンサートの警備員が首に注射器のようなものを刺されて呼吸困難を起こし、オピオイド薬の過剰摂取時に症状の緩和効果があるナロキソンで回復したという事案があったことを明かした。さらに、イギリスのクラブなどで起きている、何者かが人々に薬物を注入して回る暴行行為「ニードル・スパイキング」を思わせる事案が起きていた可能性が高いと発表した。
一方で主催者のトラヴィスは以前から、ライブ中に自ら観客席にダイブするだけではなく、ステージに招いた観客も同じようにダイブさせるなど、はちゃめちゃなパフォーマンスを繰り広げることで有名。15年のロックフェスで観客に「(警備用)バリケードを飛び越えてステージに来い」とけしかけたとして逮捕され、1年のプロベーション(保護観察/執行猶予)に処され、17年にもライブ中の「暴動の扇動」などの容疑で逮捕されている。トラヴィスにあおられた観客に押されてバルコニーから転落し、半身不随になったというファンから訴えられたことも。
今回もパフォーマンスを中断した直後に、「みんな何のためにここに来たか、わかってるな!」とあおりながら再開していたため、なんらかの罪に問われるのではないかとみられている。
今回に限らず、フェスやライブで興奮した観客が押し合い、他人を圧迫するなどして負傷させる事故が度々起きている。パフォーマンスを停止し、ステージの上から「安全でなければ続行しない」と呼びかけるリンキン・パークのようなバンドやアーティストもいるが、盛り上がっていると解釈して続行してしまう人もおり、近年はその危険性を問題視する声が高まっている。