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  • 金. 9月 20th, 2024

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男性社会で「主人」として生きる女の姿に引き込まれる! 『女将さん酒場』が伝える13人の悩みと決断

時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んで、料理を実践しつつご紹介!

今月の1冊:『女将さん酒場』山田真由美著 

 よくある本だろうと思った。

 日本各地の名物女将さんを紹介する、食べある記かグルメレポート。軽い気持ちで書店の棚から手に取り、数ページ読んでグイグイと引き込まれた。即買い。いわゆる酒場の女将さんたちも紹介されるが、中には食堂やラーメン店の店主、オーガニック料理店やイタリアンのオーナーシェフも含まれる。

 このイタリアンのシェフ・渡邊マリコさんなる人のくだり、ちょっと長いが引用したい。

 「女性を厨房で雇うわけにはいかない」

 求人情報を頼りに、調理スタッフを募集しているイタリア料理店の門をたたくと、ことごとく断られた。時は一九九六年、男女雇用機会均等法が施行されて十年。性別を応募条件にすることはできないため、現場で男性が欲しいと思っていても、表向きは「性別問わず」と示さなければならなかった。渡邊さんは「男女問わず未経験可」の条件で、都内じゅうを探したが、いざ面接となると「ハードな仕事だから女性は無理」と返されてしまう。(中略)「そんなにやる気があるんだったら、ホールで雇いたい」と言われた。

 著者の山田真由美さんは、この調子で実につぶさに、丹念に、飲食に従事する女性13人の人生を追っていく。年齢も飲食形態も様々な人々が、どうやって食の道に入り、店経営を志して、達成させたのか。そして今、自分の空間で何を生み出しているのかが描かれていく。

 ただレポートするのではない。山田さんはそれぞれの女将さんの仕事を眺めつつ、いろいろな思いを膨らませ、ユニークな表現でそれらを伝えてくる。鎌倉の人気居酒屋「おおはま」の大濱幸恵さんの仕事ぶりは、

「カウンター越しにつぎつぎと料理を仕上げていく大濱さんを見ていると、マイルス・デイヴィスの『フォア・アンド・モア』というアルバムを思い出す。(中略)マイルスは、疾走感あふれるスリリングなセッションを繰り広げている。我が道に敵なし、とリズムを刻み続けるジャズの帝王と、目指す場所がクリアで、そこに向かって迷いなく前進しているように見える大濱さんとが重なるのだ」

といった表現で。オープンキッチンで料理人の動きを見ていると、たしかに音楽が心に再生されることがある。ある人は優雅なストリングスだったり、ある人はゆったりしたレゲエだったり。ああ、マイルスを感じに鎌倉に行ってみたくなる。

 山田さんはライターであり編集者でありつつ、月に10日だけ酒場で女将さんとしても働いているという。つまりは同業者によるレポートなのだ。大根の皮や昆布(おそらく出汁用)を使ったお通しを「始末の料理」と表現し、最後まできれいに使い切らんとする料理人の姿勢を読み取る。彼女が紹介する女将さんたちの店や味に共通することとして「ほどよく箸がすすみ、酒がうまく、疲れない」というのを挙げているが、きっとこれは山田さんも目指していることなのだろう。

 そういう場所を提供したいと願い、実践している人たちに「もうひとりの自分」を見い出し、激しく共感するのではないか。彼女たちの人生や矜持を知りたい、書き残しておきたいという熱いものを何度もこの本から感じた。

 女将というと「女房役」という印象を持つ方もいるだろう。

 「しかし、令和の時代、女将という職業、もっといえば生き方の幅は広がって」おり、「女房役でない新しい女将が誕生している。現代の女将は、自ら庖丁を握り、客をもてなす。どこかに所属するのではなく、自分の身銭を切って店を切り盛りする」のだ。冒頭で引用したイタリアンの渡邊さんがしたような就職の苦労は確かに減ったかもしれない。しかし、料理界は依然として男性のほうが多い。

 「キャリアを積んでも、妊娠、出産、育児という大事業」があると両立はやはり難しい。渋谷で小料理店「こしの」を営む越野美喜子さんは、子どもが大きくなった時点で仕事をしたいと望んだが「会社員経験のない主婦に門戸は開かれ」ず、自分で商売をやるしかないと思い至る。伊豆下田の居酒屋「賀楽太」の土屋佳代子さんは45歳のとき、子どもが独立した後「宿題を忘れたような何か物足りない気持ち」になって店を始めた。清澄白河で「酒と肴 ぼたん」を営む金岡由美さんは店を始めるとき「子どもを育てる人生か、子のいない人生か」をずいぶん悩まれたそう。「でも、私はこっち(店)を選んだんです」と。

 いろんな決断を経て、自分の場所を持った13人の女将たち。彼女たちの哲学、覚悟、そして「これだけは譲れない」といったものが店の核となっているのを読んでいてまざまざと感じた。良い客がついて離れないのは、核のある店だ。真核あればこそ、店はブレない。主人の確固たる価値観があればこそ、客はくつろぐことができる。そんな良店の姿を、歴史を、たっぷり味わうことのできる妙(たえ)なる本だった。

 あ、最後に! それぞれのお店のおいしい料理についても本著はしっかり触れられている。私は読んでいてもうたまらなくなり、清澄白河のお店に電話して、まだ読み終えていない『女将さん酒場』を片手に駆けつけてしまった。結果は大満足だったことを書き添えておく。これから残りの店をじっくり訪ねていこうと思う。

白央篤司(はくおう・あつし)
フードライター。郷土料理やローカルフードを取材しつつ、 料理に苦手意識を持っている人やがんばりすぎる人に向けて、 より気軽に身近に楽しめるレシピや料理法を紹介。著書に『自炊力』『にっぽんのおにぎり』『ジャパめし』など。

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