近年、ますます存在感を増している韓国カルチャー。動画ストリーミングサービスの普及によって韓国ドラマ/映画にアプローチしやすくなり、BTSの世界的人気にけん引される形でK-POPは誰もが耳にする身近なものへと変化した。コロナ禍でも韓国コスメの輸入額は増え、女性や弱者の視点から社会を鋭く切り取る韓国文学やフェミニズム関連書は、日本のフェミニズムをけん引する存在にもなっている。
一方で、いわゆる“歴史問題”は、いまだ日韓の間に横たわったまま。韓国芸能人が歴史や日本について言及するだけで、ネガティブな感情を引き起こされる人もいるだろう。
7月に発売された『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』の執筆陣は、一橋大学で朝鮮近現代史(加藤圭木ゼミ)を学ぶ学生5人。韓国に興味がなかった人、K-POPは好きだけど歴史を知らなかった人が、歴史を学ぶことで自分の中にあった偏見や加害性を認識する過程が素直な言葉でつづられている。また、日本軍「慰安婦」、徴用工、竹島/独島の領土問題についても、前史から争点まで資料と共に整理し、歴史・政治問題ではなく人権の問題だと指摘しており、韓国との関係を学び始める入門書としても秀でている。
そこで今回は、著者5人と共に、韓国カルチャーを愛するための心得について考えてみたい。
――まずは、みなさんが韓国に興味を持ったきっかけ、歴史を学ばなければと思ったきっかけを教えてください。
沖田まいさん(以下、沖田) 私は、多様なバックグラウンドを持つ児童が多い小学校に通っていたのですが、外国にルーツを持つ同級生へのいじめや、周囲の「やっぱり私たちとは違うよね」という視線に違和感がありました。どうして偏見が生まれ、違いが許容できないのかに興味があったので、多文化共生・異文化理解を学ぼうと、一橋大学社会学部に進学しました。
2年生のときに、『聞書水俣民衆史』(岡本達明、松崎次夫、草風館※1)という資料を用いた授業を受け、それまで具体的なイメージを持っていなかった「日本の植民地支配」について、初めてリアリティをもって突き付けられました。日本人が当時植民地下の人に対してどんなことをしてきたのか、それが今も変わってないんじゃないかとモヤモヤして、自分で考えなきゃいけない問題だと思って勉強し始めました。
朝倉希実加さん(以下、朝倉) 私はもともと韓国コスメやファッションが好きで、インスタグラムで情報収集をしていました。それとは別に、高校では日本史を選択して面白かったので、大学2年の後期に加藤先生の朝鮮史の授業を選択しました。そこで、日本史はあくまで日本が主体であり、その裏には朝鮮の歴史、一人ひとりの人生があったと気づかされました。
牛木未来さん(以下、牛木) 私の場合、所属していた学生交流団体のツアーの行き先が、たまたま韓国だったんです。そこで仲良くなった現地の学生と日本軍「慰安婦」の話をした際、「なぜ日本は謝罪も反省もしないんだ」と言われたときに、抵抗感が沸き上がってきて……。自分には愛国心なんてないと思っていたのに、この抵抗感はなんだろうと戸惑いました。
そこから加藤ゼミで学び始めたのですが、日本の過ちをすっと受け入れられたわけではなく、映画や本などを通して被害がどういうものであったか学ぶことで、認識が変わってきました。人権問題に対する日本政府や社会の問題性を認識する際には、自分自身が小さな頃から感じていた日本社会に対する違和感も影響したと思います。
熊野功英さん(以下、熊野) 僕は高校3年生のときに、友人たちの間でBTSやTWICEがはやっていたので、自分も聴くようになったんです。ミュージックビデオを見て、隣国にこんなすごい文化があるんだと初めて知りました。大学では第二外国語に朝鮮語を選択したのですが、その先生が日本軍「慰安婦」問題のスタディーツアーに誘ってくれたんです。そこで在日朝鮮人の方に、「韓国文化が好きだと言われても、歴史を学ばずに楽しいところだけを見るのは、文化の消費だと思う」「ほとんどの日本人は歴史に向き合っていないし、むしろネトウヨのように差別をしているように感じる」といったことを言われ、衝撃を受けました。
「自分は韓国が好き」と思っていたのですが、日本が朝鮮半島を侵略・植民地支配した歴史について心の底から認識していなかった。日本軍「慰安婦」問題に関する知識もなければ、在日朝鮮人が日常的に受ける差別や朝鮮学校の「高校無償化」除外なども認識すらしてなかった。文化が好きだからこそ、歴史を忘れていたと気づきました。それが学び始めたきっかけです。
歴史を勉強し始めてから、『ミスター・サンシャイン』という、「韓国併合」前の日本の侵略に抗した義兵闘争を扱った韓国ドラマを見たんです。もちろんフィクションの部分もありますが、日本が義兵闘争していた人の人生をどう壊してきたか、その暴力性・加害性をリアリティをもって認識できるようになったことも大きいです。
――李さんは韓国からの留学生ですが、日本に興味を持ったきっかけは?
李相眞さん(以下、李) 幼いときに日本に1年間住んだことがあって、そのときは楽しく過ごしたんです。家族の事情で日本の大学に留学したのですが、幼い頃の楽しい記憶と、大学生として来た日本は違うという感覚があって、適応するのが難しかったですね。
というのも、韓国では自分は「韓国人」で「男性」ですからマジョリティでしたが、日本に来たらマイノリティになる。日本社会で自分の韓国人としてのアイデンティティについて気軽に話せる場がなく、そうした場を求めて加藤ゼミに入ったという面もあります。
――日本の友人との交流を通して、日本では加害の歴史教育をしていないと実感したことはありますか?
李 そういうことを感じるきっかけが、あまりなかったですね。私も日本の友人とあまり歴史について話さないですし、友人も気まずくなると懸念しているからか、話さない。私自身、韓国から日本に来ている留学生として、歴史問題に進んで触れるのはよくないと思っていました。
韓国にいるときは、歴史をテーマにしたドラマや映画でエンタテインメントとして楽しんでいたというか、自分とは切り離して昔話のように感じていました。ただ、ゼミで歴史を学んだあとは、自分とつながる問題として見るようになるなど、態度や姿勢が変わったと思います。
――大学というアカデミックな場で朝鮮史を学び、知識を持っているみなさんでも、友人と日韓関係について話すことは難しいですか?
沖田 以前は、「どこのゼミ? 何を勉強するの?」と聞かれて、「加藤ゼミで、朝鮮近現代史を学ぶよ」と答えると、「え、すごいね。私は無理だな、重いし、大変そうだし」と言われて、ショックを受けたし、この子とはもうこういう話はできないなと思ったこともありました。でも、本を作る過程で考えが整理されたことで、改めて少しずつでも話題にしようと思うようになりました。いま同じことを聞かれても「朝鮮近現代史を勉強してるよ」と話せるようになりました。
また、例えば、日本軍「慰安婦」問題だったら「研究の積み重ねによって実態が明らかになってきていて、実際に被害者がいる問題なんだよ。歴史認識の違いではなく人権の話だよ」と言えるようになりました。
熊野 僕の場合は、SNSなどネットでは言えるんですが、リアルな友人にはなかなか言いづらいですね。重いと思われるというのもあるんですが、例えば「韓国って反日だよね」と言われたときにどこから説明すればいいのか、口ごもってしまう。一から説明するのがあまりにも大変だからこそ、この本を作ったという面もあります。
――日本の加害の歴史が共有されていない中で、韓国カルチャーが身近なものになっています。例えば、韓国アイドルや俳優が好きな人にとって最も恐れるのは、芸能人が日本や歴史に対して言及し、「推しが反日かもしれない」と疑いを向けることだと思います。ファンがその問題に直面したときに、どう向き合えばいいでしょうか?
熊野 僕も歴史を勉強しなかったら、そう思っていたと思います。ですから、歴史を勉強するのが大前提かなと。
牛木 難しいですが、「反日」とはそもそも何なのか、一度問いかけてみることが大事だと思います。
熊野 そうですね、そうすると、国と自分を一体視していると気づけるかも。日本人の言う「反日」=「嫌日」、つまり「推しは私たち日本人のことが嫌いなのかな」という意味になる。でも意味もなく日本を批判するわけじゃない。韓国で言う「反日」は、帝国主義・植民地主義や歴史の歪曲がまかり通る日本社会への抗議という意味です。そもそも芸能人が歴史についてなぜ言及しているのかを考えると、少しだけ問題に気づけるんじゃないかと思います。
――日本で、「韓国の芸能人〇〇が反日!」「反日芸能人ランキング」といったネットの記事を見ると、その根拠が3つのカテゴリーに分かれます。主に、「慰安婦」、竹島/独島、光復節(※2)への言及などが「反日」とされています。
熊野 僕たちもこの本を作る過程で、「反日芸能人」をキーワード検索してみたのですが、まさにその通りでした。日本人の中には「過去に日本がやったことは非道だけど、今も責めるのは違う」と思う人もいるでしょう。でも日本は正式な謝罪・賠償もせず、法的な責任も取ってないし、過去を繰り返さないための教育をしていない。それどころか、その事実も認めずに、歴史をねじ曲げている。先日も、軍の責任を見えなくするために、教科書にある「従軍慰安婦」という言葉から「従軍」が削除されるというニュースがありました(※3)。
――そしてそれらの事実すら、日本の中で共有されていないというのが問題です。
熊野 そうですね。事実を認めるという問題解決のスタートラインにすら立ってないのに……。それに僕は、非常に強い危機感を覚えています。
――本来なら、朝鮮をはじめとするアジア諸国に対する日本の植民地支配の歴史、加害の問題は、学校教育の中で教えるべきだと思います。もちろん個人が学ぶことは大事ですが、例えば書店に「嫌韓本」が並んでいる中で、事実を正しく伝える本を選ぶことを個人の責任にしていいのか。教育を含めた構造の問題ではないかと疑問を持っています。
熊野 確かに構造の問題もあると思います。ただ一方で、そういった構造、つまり教育のなされない国を作っているのは、紛れもなく自分たち一人ひとりだとも思っています。また、権力者側から構造を変えることはないと思うので、結局構造を変えるのは一人ひとりの市民だと思います。
「教えてもらってない」というなら、きちんと歴史教育を実施するように求める運動はしているか。「メディアで報道していない」というなら、それを検証するような取り組みをしているのか。制度的な問題があるからといって歴史を学ぶ責任を放棄していいのか、と疑問に思います。もちろん自分は、大学で学べるという特権を持つ立場にあります。だからこそ、学び始めた人から声を上げるべきだし、すべての人が学ぶことのできる社会にしないといけないと思っています。
(小島かほり)
――続きは10月4日公開
※1 水俣病当事者や関係者の聞き取りなどをまとめたもの。第5巻では、日窒コンツェルンの朝鮮進出に伴い、当時植民地であった朝鮮半島での被害、差別などの詳細が書かれている。
※2 8月15日は日本にとっては終戦記念日だが、朝鮮にとっては「植民地支配からの解放」の記念日となる。光復節と呼ばれ、近年ではSNSで言及する人も多い。
※3 「従軍慰安婦」について「誤解を招く恐れがある」とする答弁書を政府が閣議決定したことを受け、中高の教科書を発行する出版社が「従軍」の文字を削除し、文部科学省が承認した。