10月28日に「JUST DANCE!」で世界配信デビューを飾ったジャニーズ事務所のTravis Japan。2012年にジャニーズJr.の5人でグループが結成され、メンバーの加入や脱退がありながら、17年に現在の7人の形になった。22年3月からはアメリカに留学し、このたび晴れてデビューを果たした。
デビュー曲「JUST DANCE!」について、ジャニーズファンからは「デビュー曲なのにダサい」「これがデビュー曲なの? もっと良い曲あげてよ」「洋楽のノリにいこうとしてるのかもしれないけど、もっとジャニーズっぽさがほしかった」などとネガティブな反応が見られ、一方で「なかなか良かった」「めっちゃアメリカって感じがする」「英詞になじみがなくても自然と頭に残る」など好意的な声も上がるなど、まさに賛否両論の楽曲だ。
たしかに、ジャニーズのデビュー曲といえば、複雑な構成や一度聞いたら覚えてしまう印象的なサビや歌詞が特徴として上げられるが、「JUST DANCE!」はそれらとは異なるといえるだろう。
そこで『平成Jポップと令和歌謡』(彩流社)『令和の少年隊論』(共著、アチーブメント出版)などの著書を持つ音楽評論家のスージー鈴木氏に、世界配信楽曲としての「JUST DANCE!」の意図するところを解説してもらった。
ジャニーズ系音楽の中では意欲作かつ問題作
Travis Japanのデビュー曲『JUST DANCE!』が10月28日(金)にリリースされた。それを報じる記事には「全世界同時配信リリース」の文字。実際、そのサウンドはまさに世界市場、とりわけアメリカ市場に照準を定めたものとなっている。
結果として、これまで日本の音楽シーンの中で、安定的かつ巨大な支持を得続けてきたジャニーズ系音楽の中では、意欲作かつ問題作と言えよう。事実、知り合いのジャニーズファンによると「全編英語?」「曲が短い」「ちょっと物足りない感じ」など、驚きや戸惑いの声が聞こえてくるという。
私は音楽評論家で、ここ数年の最新ヒット曲の分析本(『平成Jポップと令和歌謡』)なども著してきた。ただ55歳という年齢もあり、ジャニーズ系音楽に関して、決して明るいわけではない。
それでもこの曲が、日本市場を超えてアメリカ市場そのものを直接狙って作られたことがよくわかる。単に歌詞が英語というだけでなく、サウンドそのものも含めて。
というわけで今回は、「JUST DANCE!」の言わば「世界標準性」について、説明してみたいと思う。言い換えれば「全編英語」に加えて、「曲が短い」「ちょっと物足りない」ことについて、その必然性の解剖である。
と言っても、その世界標準性について、すでに誰もが知る決定的なプロトタイプが存在するので、説明は難しくないだろう。
そう――BTSだ。
米国ビルボードHOT100の首位を獲得した「Dynamite」(20年)と「Butter」(21年)。歌詞が英語であることは言うまでもなく、曲の尺も、それぞれ3分19秒、2分44秒と、平成のJ-POPに比べてかなり短い。
「物足りない感じ」がするかどうかは主観の問題なので意見が分かれようが、尺の短さに加えて、楽曲構造の点からも、何となくシンプルな感じを受け取る人が多いはずだ。
さて、ここで問題――音楽の変化は何によってもたらされるか? 私の解答は「その最大要因は音楽メディアの変化」。つまり今起きている音楽(作り/嗜好/ビジネス)の変化は、CDからサブスクリプション・サービス(定額制の音楽配信サービス。以下、サブスク)という、音楽メディアの変化によるところが極めて大きいと考える。
サブスクは、レコードやCDなどパッケージの生産や流通を経由しない配信経由だから「世界進出」が容易となる。だから英語で歌う。
サブスクは、ユーザーに数十秒聴かせた段階で「1再生」とカウントされ、作り手に収益が発生する。だから長い曲を1回聴かせるより、短い曲を何回も聴かせたい。だから尺が短くなる。
サブスクは、大抵スマホで「ながら聴き」されている。だから、パッケージの時代に比べて、聴き手の音楽へのコミット度が下がる。その上、尺が短いのだから、変化の激しくない、シンプルな音作りが似つかわしい。
そもそも、平成のJ-POPは尺が長く、構成が複雑な音楽だった。CDという長尺収録が可能なメディアの登場に加え、カラオケの流行も相まって、長尺の中にさまざまなメロディが詰め込まれるジャンルだった。
例えば、私が好んで歌った米米CLUB「浪漫飛行」(1990年)。「♪君と出逢ってから~」がサビ、「♪忘れないで~」が大サビ、「♪時が流れて~」がラスサビ(?)と、サビだらけ満腹感。歌い終わったときの快感たるや。
そう――「サビ」。サブスク化による日本の音楽シーン最大の変化は、歌っていて「さぁ来たぞ!」と感じる箇所=サビの消失ではないかと予測するのだ。
ここでTravis Japan「JUST DANCE!」を再度聴いてほしい。サビ、つまり「浪漫飛行」における「♪君と出逢ってから~」のようなパートがないことに気付くだろう。言い換えれば――「サビしかない」。
あえて言えば「♪(Just Dance)Any way you want~」からのパートが「サビ的」だが、メロディアスなパートはここだけで、かつ、その中も「♪Any way you want~」の音列(♪シ・ラ・ソ#・ファ#・ソ#)が何度も続くので、つまりは「さぁ来たぞ!」感に乏しい。
そもそもサビとは、その響きの通り、かなり邦楽的な概念で、J-POPには必須のものだった。そのサビがないことが、「JUST DANCE!」について、一部のリスナーを戸惑わせている原因の本質だと考えるのである。
では、私は「JUST DANCE!」をどう捉えているか。妙な言い方になるが「すがすがしい」ものを感じたのだ。多くのファンを確実に見積もることができる日本の音楽市場ではなく、より大きな市場に打って出る音楽だけが持つ爽やかさ、すがすがしさが漂っていると。
アメリカ、ひいては世界を目指すという、かつての日本の優秀な音楽家が躍起となって取り組んだ目標――ピンク・レディー、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)、矢沢永吉、松田聖子、久保田利伸……。
それでも、米国ビルボードHOT100の首位を獲得した日本人はたった1人だけ――キュー・サカモト「スキヤキ」(坂本九「上を向いて歩こう」)。あれから来年でちょうど60年!
Travis Japanは第二のキュー・サカモトになれるか。正直、眼前の壁は高くて険しい。それでも、数多くの音楽家が壁に阻まれるのを見てきた55歳のいちリスナーとして、音楽はすがすがしいほうを選びたいと思うのだ。
スージー鈴木(すーじー・すずき)
1966(昭和41)年大阪府生まれ。音楽評論家。昭和歌謡から 最新ヒット曲まで守備範囲は広く、「東洋経済オンライン」「FRIDAYオンライン」など さまざまなメディアで執筆中。近著に『桑田佳祐論』(新潮社)。