12月2日放送のバラエティ『ぽかぽか』(フジテレビ系)に、Travis Japan・宮近海斗、松倉海斗、中村海人が生出演。かつて旧ジャニーズ事務所(現STARTO ENTERTAINMENT)の副社長を務め、現在はアーティスト会社・TOBEの代表である滝沢秀明氏について言及し、物議を醸している。
目次
・宮近海斗、デビュー後の葛藤語る
・中村海人、滝沢秀明氏に「1年はいてほしかった」
・滝沢秀明氏に批判続出
・滝沢秀明氏、Travis Japanは「宝物」?
Travis Japan・宮近海斗、『ぽかぽか』でデビュー後の葛藤語る
2012年7月に結成されたTravis Japanは、メンバーの入れ替わりを経て、17年11月からは現在の7人体制に。22年3月下旬から半年間は、歌やダンスのスキルを磨くためアメリカ・ロサンゼルスに留学を経験した。
アメリカではダンス大会や人気オーディション番組『America’s Got Talent』(アメリカ・NBCにて放送)へ出演し、10月28日に、ユニバーサルミュージック傘下の大手レコードレーベル・Capitol Recordsから事務所史上初の世界メジャーデビューを果たした。
今回、宮近、松倉、中村の3人が登場したのは、ゲストに関する勝手なイメージを本人にぶつけながら素顔を深掘りしていくト「ぽいぽいトーク」コーナー。この日は「Travis Japanを徹底解剖SP」と題して、グループの活動状況を掘り下げていった。
番組の月曜レギュラーであるTravis Japan・松田元太も交えてトークが展開され、「デビュー後の理想と現実の差に悩んでるっぽい」というお題では、全員が「◯」の札を出した。
「宮近は『どうしたらデビューできるか』と悩んでいたジュニア時代を回顧。当時、ジュニアの育成やプロデュースを手掛けていた副社長の滝沢にも相談したといい、『直談判させていただいて、留学を決めていただいて。無期限で留学に行ってきました。「何か結果を残すまで帰ってくるな」っていうのはあって……』と振り返りました」(男性アイドルに詳しい記者)
その結果、デビューが決まり、番組MCのハライチ・澤部佑が「世界デビュー、いいんじゃないの?」と聞くも、宮近は「僕らも、きらびやかになると思ってたんですけど……」とボソリ。
デビューが決まり、日本に帰国した後の状況に関して、「(普通ならば)デビュー旋風みたいなのがあるんですけど。僕ら、デビューして帰国してるんで、なんか“機内モード”みたいな」「(世間にデビューが)届いてない? みたいな」と自虐的に話した。
「さらにデビュー後、活動拠点が日本と海外のどちらになるか不明だったそう。宮近いわく、ドラマや舞台などの出演オファーが来ても、『(拠点が)どっちになるかわからないので受けれません』と断ることもあったとか。『そういう活動もできなくて。中途半端な感じになってしまってて。それでより、俺ら自体も「どうすればいいんだろう」って』と、葛藤があったことをぶっちゃけていました」(同)
Travis Japan・中村海人、退社の滝沢秀明氏に「1年はいてほしかった」の本音
一方、中村は「(アメリカから)帰って来て、だいたい1年とかはプロデューサーじゃないですけど、副社長とか社長が見届けるんですよ、しっかり。でも、今回僕たちの場合は、帰って来たら副社長がいなくなってたので」と発言。
「だから、グループもそうですけど、レーベルだったり、うちのマネジャー周りも最初全部バラバラだったんですよ。まとめてくれる人がいなくて」と、苦笑いを浮かべた。
「留学前に副社長だった滝沢氏は、Travis Japanが配信デビューした直後の22年10月末をもって、事務所を電撃退社。ジュニアの基盤となっていた関連会社『株式会社ジャニーズアイランド』(現・株式会社Annex)の代表取締役も同年9月中に退任していたことが判明し、後任は20th Centuryの井ノ原快彦(今年3月末に辞任)が務めていました」(前出・同)
Travis Japanはこうした事務所内人事に変更が生じる中でデビューしただけに、知られざる苦労や葛藤もあったのだろう。
番組内で中村は「だから、自分たちもその人たち(周りのスタッフ)みんなと話し合いながらグループを固めていって。正直、今も模索しながらやってるんですけど」「やっぱこう、ね……(副社長には)1年はいてほしかったなとは思いますよね」と本音を漏らした。
滝沢秀明氏に「無責任」「許せない」と批判の声続出
なお、滝沢氏の後任となった井ノ原は、ニュースサイト「デイリー新潮」(23年1月1日配信)の独占インタビューに応じた際、「ジャニーズアイランド」の社長に就任した経緯を説明。
22年9月中旬、当時のジャニーズ事務所社長・藤島ジュリー景子氏から打診があったそうで、「滝沢とは26、7年くらいの付き合いですし、『オレ、代わりにやることになったからね』って僕から声をかけました」「ただ正直、引き継ぎめいたことがなかったのは事実です。彼はほとんど誰とも話さないまま、出ていってしまったので」(原文ママ)と語っていた。
この証言と、今回のTravis Japanのトークを踏まえて、ネット上のファンたちは滝沢氏への怒りをあらわにしている。
「滝沢、あり得ない。無責任に引き継ぎなしで辞めて、芸能事務所を立ち上げるとかひどすぎる」「社会人として責任のある立場でありながら、全部放り投げて……本当に許せない」「Travis Japanがはっきり言ってて、スッキリした。会社を辞めるなら、せめて引き継ぎくらいしてからにしろと思った」といった、滝沢氏への批判が続出している。
滝沢秀明氏に擁護意見も……過去にはTravis Japanに「僕の宝物」発言?
しかし、Travis Japanの恨み節だと捉えるファンがいる一方で、「滝沢氏を責める気持ちで話したわけではなく、それだけ大きな存在だったから“いてほしかった”ということなのでは」と解釈する人も。
また、「本当に引き継ぎをせずに辞めたのか、事務所との折り合いがつかずに中途半端なタイミングで辞めざるを得なかったのか、何もわからない」との指摘もあり、物議を醸している。
「ちなみに中村は、去年2月に新潟県で行われたコンサートのあいさつで、滝沢氏を連想させるエピソードを話していたといいます。かつて、Travis Japanはある人に『君たちは僕の宝物だよ』とうれしい言葉をかけてもらったとか。その人物について、アメリカ留学中に『砂漠で写真を撮ってくれた人』と表現したほか、『その人はもうこの会社にいない』と語っていたため、ファンは滝沢氏を指していると推測していました。中村やメンバーにとって、滝沢氏はそれだけ大きい存在だったのでしょう」(前出・同)
今はTOBEにてタレントのプロデュースを続けている滝沢氏。自身がデビュー決定に携わったTravis Japanの活躍を、どう見ているのだろうか?